美しく春を彩る桜の花も散り、まぶしい緑が鮮やかなころ。
ここセイント・リクウェアでは、この春入学してきた新入生たちも、そろそろ学校生活に慣れ始め、あちらこちらからはしゃぐ声が聞こえてくる。
「眠い……」
大きなあくびをひとつして、ルリアは大きく伸びをした。
「また夜更かししていたんですか?」
隣りを歩いていた兄ハートレイが苦笑した。
「兄さまほどじゃないと思うけど」
兄はかなりの本好きで、読み出すととまらない。下手をすれば一晩中、本にかじりついているのだ。次の日に学校があろうがなかろうが。
「私はあなたのように、おおあくびの上、授業中居眠りなんてしませんよ」
言われて、うぐっと言葉を呑みこむ。
どこからそんな情報を仕入れてくるのか、やたらと学校内で起こったことに詳しい。
ルリアは中等部、ハートレイは高等部。同じ敷地内にあるとはいえ、それでも校舎はそれなりに離れている。
それなのに、すぐに自分がしたヘマは兄の耳に入ってしまうのだから、始末に終えない。
「ほー、妹殿はまた何かしでかしたのか?」
突然後ろから現れた影に、ルリアが「わっ!」と驚きの声をあげるのと、兄が彼の名を呼ぶのが重なる。
「――こうも兄妹で違うかね…」
「テキスが悪いのよっ! 突然後ろから現れるから!」
「どこから現れようと、俺の勝手」
彼はハートレイの級友である。
スラリとした長身に、鋭い瞳に似合わず、気取らないところがいいと、兄と同様に密かに人気を集めているらしい。
こうして2人と共に歩いていると、やたらと女生徒の視線が突き刺さるのが、なんともむずむずしてイヤなのだが、その一方で、そこまで人々の注目の的になっている兄を持つことを誇らしく思う気持ちもある。
と、ルリアは前方を行くひとつの影を見つけ、走り出した。
「ルリア!」
兄の声に振り向くと、ぽんと折りたたみ傘が投げられた。
「今日は午後から雨です。忘れたでしょう?」
うまく受け取ると、にっこり笑って兄に手を振った。
「リックシュッ!」
校舎への入口付近でようやく前を行く一人の少年に追いつく。
少年は名を呼ばれて振り向くと、まるで太陽のような笑顔を向けた。
「おはよ。元気だねえ、今日も」
「何じじむさいこと言ってんのよ!」
ぱんと勢いよく背中を叩いてやると、少年はうぎゃっと小さな叫び声をあげた。
この少年、名をリクシュという。
ルリアの幼馴染で、小さい頃からの腐れ縁というやつであろうか、幼稚園、小学校、そして中学校とみごとに今まで一緒である。
恐らくルリアのことを最もよく理解している者の一人であろう。
外見ものほほーんとしており、いつも穏やかな笑顔を浮かべているが、内面も実際、のほほーん状態であり、毎度毎度ルリアのかっこうの餌食となっている。
だが、本人はそういったこともさほど気にはならないようで、突っつかれるとわかっているのに、余計なことをいったりしてはルリアにいじめられている。
「あ、クイントッ! おっはよーっ!」
校舎内に足を踏み入れたところで、下駄箱でくつを履き替えていた黒髪の少年を発見し、これまた元気よく挨拶をすると、少年は表情も変えずに、片手を挙げた。
彼の名はクイント。ルリアやリクシュと同じクラスの生徒だ。
この春に他校より転入してきた彼は、転入当時からあまり口数が多くはなく、人を近づけぬ雰囲気をまとっていた。が、気づいたら、すっかりこの2人と共に行動をするハメになっていた。
まったくもって不思議なことだと周りの者たちは口々に言っているが、そうなってしまった当の本人が実のところ一番不思議に思っているかもしれない。
「ったく、朝から暗いわね〜」
「ほっとけ…」
「おはよー、クイント」
続いてにっこりリクシュも言葉をかけた。
「元気だな…おまえら」
半ば呆れたようにクイントは肩を竦めた。
「そうでもないよー。ルリアなんてかなりの低血圧で朝は大変だって、お兄さんが言っていたから。布団から引っ張り出すの大変なんだって」
「ん? どうした?」
下駄箱の蓋を開けた格好のまま凍りついているルリアを、不審そうにクイントは覗き込んだ。
「画鋲でもはいってたか?」
「んなわけないでしょっ!」
我に返ったルリアは、かばんをブンと振るが、クイントはひょいとそれをかわした。
「で、どうしたの?」
「んー…これ、なんだと思う?」
ルリアが手にしているのは、一通の封筒だった。
「えーと……」
「恋文……?」
クイントがぼそりとつぶやいた古めかしい言葉に、えーっ、とリクシュとルリアがほぼ同時に叫んだ。
慌てて、ルリアは中身を開ける。
そして、無作法にも背後から覗き込む2つの影。
だが、それにも構わず、ルリアは手紙に目を通す。
それはたどたどしい文字で書かれた、とても不思議な文章だった。
『あなたへ』
出だしからして、なんとも奇妙なものだ。
『4がつさいごのげつようび。
ふえふくおかのうえで。
たいせつなものをあなたにあげる。』
「これだけ?」
リクシュは首を傾げる。
ルリアはぱたぱたと封筒を振ってみたが、それ以上は何も出てこなかった。
「どういう意味?」
「――さあ…」
「あのな……そのままじゃないのか? ルリアに何かをあげたい人がいる。だからその場所へ来いってことだろ?」
「ああ、なるほど!」
2人そろって、ポンと手を叩く。
「あのな……」
ふう、と大きく肩で息をつく。本当にこの2人といると、かなりの精神力を消耗してしまうような気がしてならない。
だが、そんなクイントの気持ちなど露ほどにも知らず、ルリアはきらきらと瞳を輝かせて封筒を抱きしめた。
「うん、きっとそうよ、きっと! なにかしら、私に大切なものをくれるって。どんな人なのかなー、ねえ、どう思う?」
「ん〜なんだろうねえ〜」
どう答えていいかわからず、リクシュはハハハと笑ってごまかす。
「きゃー、もう楽しみ〜。ふふふふー」
すっかり上機嫌になったルリアは、そのまま鼻歌を歌いながら、教室へと入っていく。
「あのー、ルリア〜。たぶん、それは〜」
「何か思い当たるところでも?」
クイントに問われ、うーん、とリクシュは首をかしげた。
「あるといえばあるような……でもねえ……」
「だめだな、あれは。おれたちの言葉は耳にはいらんだろ」
「だよねえ……」
「――…」
何かもの言いたげなクイントの視線に気づき、リクシュはぱちぱちと目をしばたかせる。
「何?」
「いや……なんでも」
難儀なやつ、と小さく呟き、クイントは手をひらひらと振ると、クイントは教室の窓際の自席へと行ってしまった。
そうして、放課後。
ルリアは掃除が終わると早々に、「ふえふくおか」へと向かっていった。
「ふえふくおか」は学園内にある小高い場所で、大きな木が1本と、背丈の小さな木々が点在している。その木陰は昼寝にはかっこうの場所で、時折授業をサボった生徒がやってくることもあった。
リクシュとクイントはやはり、どうにも気になってしかたがなく、授業が終わった後もそのまま帰る気にはならなかった。本人に悪いという気がしながらも、後をつける。
見つからないようにと気をつかっていはいるが、そもそも今のルリアはそんな2人がいることなど、どうやっても気づくことはないだろう。
そうして、丘にある木陰に2人は身を隠すと、そのままルリアの相手が現れるのをじっと待った。
「ずいぶん浮かれていますねえ…どうしたんです?」
ルリアをつけるのに集中していた2人は、その声に思わず大声をあげそうになり、慌てて口を押さえて叫びを呑み込んだ。
「ああ、すみません。驚かせてしまいましたか?」
「あ、い、いえっ」
「――そりゃあ、驚くよなあ…。こいつは元々気配を消すのがうまいからな」
「あなたに言われたくないですよ、テキス」
ルリアの兄ハートレイとテキスのコンビに、どうしてここへ、と、先に落ち着きを取り戻したクイントが訊ねた。
「いえね、帰ろうとしたらルリアの不自然な姿が目に付きましたんで」
内心、本当かな、と思ったものの、リクシュはそれをあえて口にはせず、ルリアの方を見やった。
「で、どうしたんです?」
どう答えたらいいものか、とリクシュはクイントに助けを求めた。
「ルリアに恋文がきたんですよ」
淡々とクイントが告げる。
「――…」
珍しく絶句したままあんぐりと口を開けているのは、ハートレイだ。
テキスは、ほう、と意味ありげに呟くと丘の上の人影に目をやる。
「で、あそこでルリアは待っているのか? 相手を?」
「――だと…思います」
「思う? なんで? だってラブレターに書いてあったんだろ?」
「それが…」
きわめて簡潔にクイントが説明する。
ひと通りの経過を聞き終えた時点で、ようやくハートレイは落ち着きを取り戻し、いつもの彼に戻った。
「いたずら、という線は?」
「さあ……」
「ですよね…」
「それより、どれくらい待ってるんだ?」
「かれこれ2時間ですね」
ハートレイとテキスはほぼ同時に大きくため息をついた。
「――いたずらなんでは……」
おや、とハートレイは丘の上に視線を戻す。
さきほどまで視界の端に映っていた妹の姿が見えなくなったのだ。
まさか相手が来て、どこか別の場所へと行ってしまったのかと、慌ててあたりを見回したが、それらしい姿は見えなかった。
一方、テキスはなにやら思い当たったようで、何も言わずに丘の上を目指し歩いていく。そうして、丘の上にたどり着くと、手をふって「来い来い」と合図する。
三人はお互い顔を見合わせると、何も言わずにテキスのもとへと歩み寄った。
「どうした…」
「しぃー」
テキスはハートレイの口を塞ぐ。
もう片方の手では、丘の上にある一歩の木の根元を指差していた。
そこを見て、はあーとハートレイは大げさに肩で息をついた。
テキスの指差す先には、一人の少女が気持ちよさそうに眠っていた。
もちろん、少女とはルリアのことである。
おそらくは待ちくたびれて座り込んだルリアは、春の心地よい陽気にうつらうつらとしてしまい、そのまま眠ってしまったのだろう。
「――相手が来たらどうするつもりなんでしょうね」
「いえ…相手は…こないと思います」
ハートレイの言葉に、今まで黙っていたリクシュが答えた。
「え?」
一斉に三人はリクシュを見やる。
「どーいうことだ、それは」
「――あの手紙、たぶん…ルリアが自分で書いたものです」
「はあ?」
思わず大きな声が出そうになり、慌ててハートレイは自分の口を塞いだ。
「どういうことですか? 詳しく説明してください」
小さな声でリクシュに問う。
こくりと頷き、リクシュは遠い日の思い出を語りだした。
「あれはたしか小学校1年生になったばかりのときだと思います。授業で『未来のあなたにあてた手紙』を題材に、中学生になったばかりの未来の自分へ手紙を書いたんです」
「それが、あれ?」
こくりと再びリクシュは頷いた。
「何よりもここの丘のことを『ふえふくおか』って書いていますから…」
「ああ、なるほど…」
ここでリクシュはよく笛を吹く。ルリアにねだられて。
だから、この丘のことをルリアは「ふえふくおか」と呼んでいるのだ。ここをその名で呼ぶのはルリアだけ。
「でも、『たいせつなもの』って何だ?」
「――たぶん……ここじゃないか」
クイントは目を細めた。
「ココから見えるすべてじゃないのか、『たいせつなもの』って」
言われて三人は丘の上から見える景色に視線を移した。
色とりどりの花が咲き乱れる丘。風に揺れる緑。丘の下には美しい街並み。そして、その向こうに広がる海。すべてが鮮やかで、そしてきらきら輝いて見える。
幼いルリアにとっては、この景色そのものが「たいせつなもの」だったのかもしれない。そうしてそれを未来の自分に伝えたかったのかもしれない――。
「ルリアらしい――」
微笑を浮かべると、ハートレイは優しい瞳で妹を見つめた。
「今はまだ起こさないでいてあげましょう」
「だな…気持ちよさそうに眠っているしな。ということで、リクシュ、頼むな」
「え?」
「私たちはもう行きますから」
「え?」
にっこり笑って去っていく高等部の二人。
「――つくづく難儀なやつだな、おまえは」
隣りで小さく笑うクイント。
「えーっ!!」
春の空に間の抜けたリクシュの声が響きわたる。
今日も快晴。
緑が青空に映える、そんなある日の話――。
後日談
手紙をルリアの下駄箱に入れた犯人は、学園理事長の母上だったそうな…。
「まあ! ルリアに頼まれたのよ? 忘れちゃったの?」
にっこり笑顔でそういわれ、ルリアは言い返す言葉もなかったとか。
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初の「message」短編小説です。パラレルですが(笑)。
こういうのは初めてだったので、楽しみながら書かせていただきましたが、このようなものでよかったのでしょうか、果たして(笑)。
にしても、「短編」とは難しいですね。いったいどれくらいまでが「短編」として許されるのかと、考え込んでしまいました。
まあ、少々無理があるものの、ページ1枚に収まった、という点では「短編」ですよね。
たとえ原稿用紙10枚越えていても(笑)。
最後になりましたが、今回リクエストいただいた夜斗さん、本当にありがとうございました!
そして、遅くなってすみませんでしたっ!!
これからもこれに懲りず、どうぞ末永くよろしくお願いいたします。
2003.05.04 南斗すばる
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