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時のある場所

 
 
 

ふと目が覚める──
何もない空間。私のそばに浮く不思議な球体を除いては、何もない真っ暗な空間。
「今日も動かないのね」
私はぽんと、傍らに漂う球体をはじく。球体はふわりと上に舞いあがり、やがて元あった場所に静かに戻る。
──私は気がついたらここにいた。
ただ、元の世界にはいたくなかった。そこでない他の場所に行きたかった。もうこれ以上「ここ」にいるのはいやだった…。そう強く願った。
でも、現実はそんなに甘くはない。変わりない日々。私には重すぎる毎日。
現実に押しつぶされそうになりながら、私はあるときつぶやいた。「神様、助けてください」と。
「神様」は私を見ていてくれた。
私にその手を差し伸べてくれた。
ここは──何もない。私の「願った」……世界。 
初めて私がこの世界で目覚めたとき目にしたものは、球体であった。
それはまんまるだった。これ以上美しい球体を私はそれまで見たことがない、というほどまんまるだった。青色で澄んだきれいな色をしている。
そうして、その透明の球体の中には、小さな時計が入っていた。鎖の外れた懐中時計が中でふうわり漂っていた。金色をしており、中の真っ白な文字盤がそれを引きたてていた。そして金色の短針と長針が……。
私はそれが動いているのを未だ目にはしていない。
こんなにも美しい時計なのに、それは活動することをやめてしまっていた。
動いたら、どんなにかきれいであろう。
そう思って目を閉じる。そうして、再び目を開けてはため息をつく、そんなことを繰り返していた。
球体は、日に日に青みを増していっているように思えた。今では、深い海の色になってしまっていた。
初めはほんのりとあったはずの温かみも、今ではもう消えていた。
そうして、私は今日もはじく。
「動かないのね」
そういって、私は今日もため息をつく。
時計がゆれた。向きを変えながら、くるくると鈍く回った。


そんな私の世界にある日、一人の少年がやってきた。少年の傍らにも、私と同じように球体がぷかぷか浮いていた。けれども、少年の球体は、私のものよりもずっとずっと深い青をしていた。
「君はここで何をしているの?」
少年はその優しげな瞳で私に問うた。
「私は──」
少年に聞かれて、はたと考えた。
私はここで何をしている?
「ここにいちゃいけないの?」
答えにつまった私は少年をねめつけた。
少年はゆっくりと首を横にふる。
「悪いなんて言ってはいないよ。でも、ここにいて楽しい?」
「少なくとも悲しくはないわ」
「そう?」
「ええ」
私の答えに、少年はにっこりと満面に笑みを湛えた。
「ここにいれば、いやなことを思い出さずにすむから?ここにいれば悲しいことも起こらないから?だから、君はそうやって眠っているの?」
少年の顔はどこまでも穏やかだった。だが、その言葉には強い思いが込められているように感じた。
「いやなことはみんな忘れて、ここで眠っているの?」
「──」
私は何も答えられなかった。少年の言っていること、それが今の私の姿。少年の言葉の裏に隠された1つのことば。

──君ハ現実カラ逃ゲテココニイル…──

私はその事実から目をそらしていた。そう考えてしまうと、自分自身が嫌いになるから。忘れたいつらいことも思い出してしまうから。
少年はそこで、私の球にそっと触れた。
すると、球はぼうっと淡い光を放った。それとともに私の頭の中に、次々と今までのことが浮かんでは消えていった。
 
 
 
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