蒼穹への扉
Novel
  message
虹の彼方へ
 ・あらすじ
 ・目次
さくら咲くころ
時のある場所
時のある場所2
失くした時代
わたるとり
こころのはざまで
恐怖の行方
墓守
かぞへうた
 Chara
  登場人物紹介
 Side
  座談会など
 Gallery
  らくがき&Flash
 Thanks
  いただきもの&差し上げたもの
 Diary
 BBS
 Link

 


 
BACK
 
 

 

「もう、ここも駄目だ」
 行く目的の場所を失った三人は、岩山へいまさら戻る必要性もなくなり、なんとはなしに、北へと向かっていた。
 だが、深刻な問題に直面した。あれ以来、すっかり食糧が不足しているのである
。  それまでも、決して食糧が十分にあったわけではない。だが、あのことを境に、いっきに不足するようになったのだ。食べ物が簡単には見つからなくなった。川に行っても、魚が取れない。木を見つけても、大抵は枯れていた。畑という畑の食物は、真先に採られてしまっていたから、いまさら何もあるはずはない。
「あー、腹減ったあ」
 タキトはその場に座り込む。
「情けないやつだな」
 シスヤがぽんと背中を叩く。
「おまえなあ。ああ、お子様は元気だ。羨ましい限りで」
「お子様じゃないっ」
「十歳はお子様だ」
 きーっとなって、シスヤはタキトをパコパコと叩きまくる。
 そんな二人を見て、クイントは笑った。
「お前ら、そんなことしていると、余計な体力使うだけだぞ」
「あー、無駄なことをしてしまった…」
 ふうとタキトが情け無くため息をつく。
「年寄りにはこの空腹は堪える」
 どうにかしないとな、とクイントは苦笑まじりにぼやいた。
 今はまだいい。
 秋に集めておいた木の実があるうちはまだ大丈夫だろう。
 だが、このままでは冗談ではなく餓死してしまう。春がやって来るまではあと一月もある。
「腹減ったまま死ぬのだけは御免だあ」
 頭を抱えてタキトはわめく。
 そうやって無駄なところで体力を使っているからだよ、とシスヤが隣りで笑っている。
「なあ…クイント」
 ふと真面目な顔になって、タキトがクイントに話しかけた。
「お前…本当に、リクウェアとやらに行くのか?」
「──…」
 ずっと心にひっかかっていたことを親友に問いかける。
 老人に会ってから、ずっと気になっていた。クイントの本心を知ってからずっと。
 あるかも分からない幻の国。そんな国に親友は行くというのか。
 いや、よしんばその国が存在していたとしも、同じ世界にある以上、きっとここと大して変わりはしないだろう。緑があるだの、戦がないだのという事は、人々がつくり出した幻想に過ぎない──。そんなところに行ってどうなる。
 第一、今までリクウェアの噂を耳にしたことは山ほどあったが、リクウェアに行ってきたという者の話は聞いたことがない。一度も、だ。行ったことがある、という人間がいるならまだ信じることはできる。だが、一人もそんな人間はいないのだ。それでは、リクウェアという国がある、と言われても、信じることはできない。
 それなのに、クイントはあの老人の言ったことを真に受け、リクウェアを目指そうというのか。
「おれは、行くつもりだ」
 一瞬身体を強張らせたクイントだったが、はっきりとそう告げた。
「おれはアネットと約束した。あいつが生きているうちに、おれはアネットの願いを一つも叶えてやることはできなかった。だから、せめてあいつが望んだたった一つのことを叶えてやりたい。あいつが最期に望んだことをな」
 そうか、とタキトは呟いた。
 止めても無駄だろう。クイントはきっと意思を変えることはない。決めたことは最後までやり抜く。それがクイントだから…。
 そして、タキトにも身に沁みて分かっている事実がある。
 もうこのトルキアで人が生きていくのは困難だ、ということだ。
 いや、このトルキアだけではない。周辺の国々もトルキアと対して状況は変わるまい。ヒュホラの話がそのことを裏付けている。
 食物も不足している。緑もほとんど姿を見かけなくなってしまった。川で魚を見かけなくなってしまった理由も分かっている。自分たちが捕り尽くしてしまったわけじゃない。魚が住めないほど、川が汚れてしまったのだ。
 これが自分たち、人間がしてきた結果だ──。
 自分たちは忘れてはいけないことを忘れてしまっていた。
 この大地は自分たちのものではない、ということを。
 この大地は生きとし生きる全てのものだということを。
 これは当然の──報いなのか…。
 もう、自分たちが生きていく術はないのか。自分たち人間が生きつづけることができる大地はもうないのか。
 そうして、考えはふりだしに戻る。
 もし、リクウェアがあったら──?
 リクウェアが本当に緑溢れる国だったら?平和な、戦のない世界だったら?自分たちは生きていける?  既に生き残っている人々の中にはリクウェアを目指し、この国を出ていくものもいる。
 新しい自分の国を求めて──。
 クイントは既に決心を固めている。この国を発つと。
 老人が言った言葉が過る。

──人は、幻の国を信じ、そして自分の生きていく大地を求めてリクウェアを目指すときがくる。そのとき、おまえさんはこの国をあとにするじゃろう──

 「そのとき」がもう来たのかもしれない。クイントがこの国を発つ日が。
 これ以上、この国にいても何も変わらない。もうトルキアという国は存在していないに等しい。戦をする必要もなくなった。

──お前さんなら、きっと行ける。リクウェアとやらにな。だから、諦めずに探すことだ。それがお前さんの『自由』につながるかもしれないな──

 クイントの心の中ではヒュホラの言葉が心の中で日に日に大きくなっていった。
 今なら自分は自由に生きられるかもしれない。
 アネットの願いを叶えられるかもしれない──。
「お前も来るだろう?」
「──…」
 タキトは天を仰ぐ。
 何も答えない。じっと、クイントはタキトの答えを待った。
 しばらくして、タキトは口を開いた。
「──しばらく、考えさせてくれ」
「わかった…。でも、遅くとも三日後にはトルキアの国境へ着くぞ」
「──そう……だな……」
 クイントはシスヤに目をやる。
「お前はどうする?」
 一緒におれと行くか、と尋ねた。
 シスヤは瞳を輝かせて頷いた。
「おれも、行く。リクウェアに行きたい」
 アネットから見せてもらった絵が心の中に残っている。あの日からずっと、心から離れない。
 本当にあるのなら行ってみたい。
 アネットが見せてくれた夢の国。アネットが語ってくれた緑の国。
 今の自分があるのは、アネットのおかげだから。
 荒んでいた心を優しく癒してくれた彼女の叶えられなかった大切な夢を、自分が代わって叶えてあげたい。
 迷いはない。この国を去ることに。
 シスヤはもう一度大きく頷いた。
「三日後…か…」
 夕焼けに染まる空。
 明日は──晴れる…。
 きっと。

 
 
BACK
 

▲このページのTOPへ