蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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「やけに人が少ないよな…」
 タキトは不安げに眉をひそめた。
 人目を避けるように、三人はフード付のマントですっぽりと身を包んでいた。そうして街道を足早に歩く。
 こここは岩山から西へ五十キロの地点であった。
 二日前の早朝、三人は岩山を後にした。 
 その前の晩に三人はドーンという大きな音を聞いた。
 はっとなって三人は飛び起きる。
「クイント…」
 シスヤがクイントの側に不安げに近寄ってきた。
「おいっ」
 外に様子を見にいっていたタキトが大声で2人を呼ぶ。おびえた子犬のような瞳を向けるシスヤを促すと、クイントは共に洞窟の外へと出た。
 冬の長い夜はまだ明けきってはいない。
 暁と呼ぶにはまだ早い時刻だ。
 澄んだ空には未だ星々がきらきらと瞬いていた。
 外気は肌に刺すような寒さで、動いていなければ耐えられないほどだ。
「さむっ」
 身をちぢこませながら二人はタキトが指さす方に目をやった。
「──なんだ……」
「分からない」
 首都の方角、南西の空が真っ赤だった。
「大きな衝突でもあった……か?」
「いや……」
 とてもそのようには見えない。ここから首都までは、距離にしておよそ二百キロ近くも離れている。そんなに離れている場所の炎が見えることはないだろう。いや、もし戦だとしたら、とてつもなく大規模なものということになる。
 何があったのか分からない。ここからでは。
 胸騒ぎがする。嫌な予感が身体中を駆け抜ける。理由がわからない、ただ漠然とした不安がもやもやと広がっていくのだ。
「行ってみるか?」
 タキトの提案に「ああ」と短く頷く。
 ここから出ることは決して得策ではない。だが、このままこの岩山にいてはいけない、ただそんな思いに駆られた。

――この国はやがて滅びる――

 ざわりと背筋に悪寒が走る。
 確かめなければ。行って、確かめなければ。
 何を、と問うても自分にはその答えがわからない。
 行かなくてはならない。
「行こう……首都まで行こう」
 じっと真っ赤に燃える夕焼けのような空を見ながら、クイントはつぶやいた。
 そうして、三人は慌ただしく荷物をまとめると、岩山を発ったのだ。


「おい、お前ら」
 岩山を下りていくつかの村を通り過ぎ、一番近くの大きな町に差しかかったときのことだった。
 先を急ぐクイントたちを男が呼び止めた。
 おおきなつばの帽子を目深に被り、マントで身を包んだ大男が近寄ってくる。
 三人の間に緊張が走る。
 クイントとタキトはシスヤをかばうように自分たちの背後に押しやる。
「違う、違う、おれだ、おれ」
 男は帽子をすっとわずかに上げる。
「ヒュホラさんっ」
 同時に叫ぶ。
 男は名を呼ばれると、慌てて人指し指を口に当てる。
「ここではタナで通ってんだ。本名は勘弁願う」
 ヒュホラはハハと豪快に笑った。
 岩山での生活を始めたばかりの時に出会ったあのヒュホラだった。
 あの時と変わらず、大きな荷物を抱えている。
「お前たち、どうしてここへ?」
 タキトは手短に、あの夜目にした光景について話して聞かせた。
「ほう、お前さんたちも見たか」
 ヒュホラはあごを摩りながら辺りを見回した。
 日が暮れかけていた。通りすぎる人は少ない。だが、みな一様に先を急いでいる。今日の宿をとるために。
「今夜はどうするつもりだ?」
 タキトはクイントを顧みる。
「野宿…だけど?」
「この寒さの中か?」
「宿じゃ泊めてくれないから。おれたちお子様だから」
 ヒュホラは笑って手招きした。
「おれのところへ来い。どうせ大したもんも食べてないんだろう。飯も食わせてやるぞ」
「行くっ」
 タキトとクイントが返事をする前に、シスヤがヒュホラに飛びついた。
「おお、来い来い」
 クイントは肩を竦める。
 こうなってしまったらついていくしかないだろう。それに、ヒュホラには一度世話になっている。その時にヒュホラは自分たちにとって少なくともマイナスの存在ではないと分かっている。
「ま、お言葉に甘えるか」
 三人はヒュホラについて一軒の宿屋に入っていった。
「おう、どうした。タナ。そんなガキを連れて」
 木の扉を押して中に入ると、男がカウンターの中から声をかけた。
「おれの友人だ。主人、食事を頼むぜ」
「わかった。お前の友人のためにとっておきの料理をつくってやろう」
 ヒュホラは手頃なテーブルにつくと、三人を座らせた。
 宿は、ちょうど一階が食堂になっているようで、自分たちの他にも客の姿はちらほらと見えた。だが、決して流行っているようには見えない。地理的には街道に面していたし、日暮れともなれば、普通は大抵の宿は満杯になる。なのに、どうしてだろう、と疑問に思ったクイントは、ヒュホラに尋ねた。
「ああ、それか」
 ヒュホラは主人が運んできた酒をぐっと飲み干した。
「流行ってないんじゃなくて、人が減ったんだよ」
「?」
「お前たちも、ここまで来るまでに噂は聞いただろう?」
 一同は頷く。
 行き過ぎる村々で聞く嫌な噂。
 はっきりとしたことはわからないものの、ただみなが口をそろえて言うことは……
 ――首都が壊滅状態だ、という類のものであった。
「あの岩山でおれもあの夜見たんだ」
 ヒュホラは肘を付き手を組むと、その上に顎を乗せた。
 夜、ドーンという腹に響く音を聞き、目が覚めた。慌てて飛び起きると、南西の方角、つまり首都の方の空が真っ赤だったと。それは、クイントたちが見た光景と全く同じものだった。
 ヒュホラは、その後、山を下り、この宿場に着いたのがつい昨日のことだという。
「大丈夫、なんですか?」
 ヒュホラが岩山に入った理由を考えれば、こんな所にいては危ないということは本人がよく分かっているはずだ。なのに、敢えてその危険を冒してまでこんなところまで来たのはどうしてだろう。

予兆 「連中も、それどころじゃないだろうよ」
 がはははと大きな声で笑う。
「──どういうことです?」
 ぴたりと笑いが止まる。
 ヒュホラは三人を見回した。そして、一言一言ゆっくりと発する。
「もう、トルキアという国はない」
「なあ、起きてるか?」
「ああ…」
 三人はその夜、ヒュホラがとってくれた部屋で床についた。村を出て以来のベッドの感触だ。温かい布団、そして襲われる心配のない場所。
 一番端のベッドではシスヤがスースーと寝息を立てて眠っている。こんなふうに寝入るシスヤを見るのは初めてだった。もう怯える必要がないと分かったからだろう。もう何もシスヤを追い詰めるものはないのだから。
「おっさんの言ったこと、どう思う?」
「あの人が嘘をついているようには思えない」
「ってことは、本当ってことか」
「──分からない…」
 
 
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