蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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タキトがすっとんきょうな声を上げた。さきほどから老人が言っていることは、脈絡がないことばかりだった。だが、言われた本人は顔を強張らせた。
「クイント?」
「──どこに行くように見える?」
 低くうなるようにクイントは訊いた。
 誰にも言っていない心の内。この老人はどこまで知っている?
 アネットから託された願い。彼女が願った自分の未来。
 アネットが死んでしまってから、いつか必ずと、心に誓った。ヒュホラにも知っているかと尋ねた探し求めている幻の国…。
光  老人は天を見上げた。
 曇った空の彼方から、一筋の光がこぼれ落ちる。
「おまえさんの、その首にかけられているものを見せてくれんかね」
 クイントは一瞬ぎくりとした。思わず、服の上からそれを握りしめる。
「よく分かったなあ」
 タキトは知っている。クイントの首からかけられているものを。アネットがこの世をさってから、片時も身から放すことのない、アネットの形見を。
 だが、この初対面の老人はそんなことは知らない。服の下に置かれているそれを。
 しかし、クイントが内心ぎくりとした理由は別にある。「どこに行く?」と尋ねられた答えが、アネットのロケットにあるのだ。それを老人は見抜いている?
 クイントは震える手で、ロケットを取り出した。
 そうして、黙ったまま老人に差し出した。
「ほう……」
 ロケットを開けた老人は思わず感嘆の声を漏らした。
「これは……緑の国、だのう」
「……」
「幻の国と言われているリクウェア。お前さんはここに行くのだね」
 「行くのかね」ではなく、老人は「行くのだね」と言い切った。
 それを聞いて、タキトとシスヤが声を失った。クイントに信じられぬ、といった視線を向ける。
 今まで、そんなことをクイントが口にしたことはなかった。
 だが、老人にそう言われても、クイントは反論一つしない。ただ黙って老人を見つめている。
「クイント?お前……」
「どこにある?」
 クイントは老人の言葉を肯定する代わりに、老人に問うた。
 タキトは溜め息をつく。
「お前、リクウェアなんて、あるかどうかも分かりはしない国なんだぞ。そんなところを探しても無駄……」
「いや……リクウェアはある」
 老人は静かに告げた。
「どこだ?どこにある?」
 クイントは身を乗り出す。
「行きたいか?リクウェアに」
「おれは行かなくてはならないんだ。一生かかっても、どんなに遠くても。おれは約束したんだ。必ずリクウェアに行くと」
「クイント…」
 タキトは目を見張った。
 こんな想いを友が抱いていたとは…。こんなにも激しい想いがクイントの内にあったとは──。
「知っているなら、教えてくれ。リクウェアはどこにある?」
「──この国はやがて滅びる…」
 老人はクイントの問いには答えない。代わりに驚くべき言葉を口にした。
「滅びる?」
 ぶっそうなことを、とタキトは眉をひそめる。
「そんなこと、あるわけないじゃないか」
「おまえさんたちは知っているか。このトルキアの外の世界を」
 三人は頷く。
「だったら、わかるじゃろう。この国はもう滅びる」
 老人は言い放った。静かに、そして厳かに。
「もう、この大地で生きていくのは難しい。人とは愚かなものだ。大地を失えば人が生きていく術はなくなる。そんなことにも気づかず、大地を傷つけ、大気を汚してしまった。人が犯した罪は許されるものではない。やがて報いはくる」
滅びはくる
「だから、もうこの国は滅びるっていうのかっ!」
 タキトは思わず叫んだ。
「ふざけたことをいうなっ。おれたちは生きている。今もまだ生きている。おれたちが生きている限り、大地も共に生きる」
 老人はタキトの瞳をまっすぐに受け止めた。恐れを知らぬ瞳。まっすぐ未来だけを見つめ、そして自分の未来を信じている若者の瞳を──。
「いい瞳をしているのう…。おまえさんのような者がまだこの世の中にいるのがせめてもの救いか」  そうひとりごちる。
「この国も、そして外の国もやがては滅びる日がくる。しかもそう遠くない日に。自分たち自身の怒り、憎しみは全てを消し去る光になり、国を滅ぼすこととなる。そうして、人は生きていく大地を求めてリクウェアを目指す…」
「リクウェア…を?」
「人は、幻の国を信じ、そして自分の生きていく大地を求めてリクウェアを目指すときがくる。そのとき、おまえさんはこの国をあとにするじゃろう」
「──」
「北を目指しなさい。ずっと北、この大地が尽き、広大な海が尽きたところにリクウェアはある。お前さんのその炎のことも、お前さん自身のこともリクウェアに行けばきっとわかるじゃろう」 「リクウェア…で?」
「そう、その為にもリクウェアへお行き。北へ。大地の果てに」
「北…か」
 クイントは立ち上がる。
 北──この地の果てにリクウェアはある。
 今までは全く先が見えない状態だった。今は、その行く手にわずかではあるが希望が見える。リクウェアは事実存在している。そのことを知ることができただけでもいい。
 それだけ分かれば充分だ。
 行こう。
 礼を言おうとして、老人を振り返り見た。
「──?」
 そこに老人の姿はすでになかった。
「じいさんは?」
 言われて初めてタキトたちも気づく。
「どこに行ったかな?おーい、じいさん」
 タキトも立ち上がりあたりを見回す。だが、老人の姿を見つけることはできなかった。
 洞窟を出る。
 冷たい風が吹きつけた。
 雪が舞った。天からふわりふわりと降りてくる。
「冷えるわけだ…」
雪が…
「行こう…」
 クイントは二人を促した。
 ふわりふわり。白い天使たちは3人の身に次から次へ降りてくる。
 クイントは手のひらにそれを受け止め、ぎゅっと握り締めた。強く強く。
 冷たい感触が心地よい。すっと心の中にしみ込んでゆく。それは、なぜか温かく、そして優しかった。
 
 
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