蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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 三人は黙ったまま歩きつづけていた。
 今までいた場所も危なくなってきた。
 昨夜、そう遠く無いところで銃声が聞こえた。
 ヒュホラの忠告を思い出す。
 このままでは、この場所もいずれ見つかってしまうかもしれない。そうなる前に、さっさと移動しなくてはならなかった。
 陽はまだ上りきっていない。うっすらと東の空が明るんでいる。
 ふぁ、とシスヤが欠伸をした。
 まだ寝たり無いのだろう。無理もない。昨夜の銃声にシスヤが怯えて眠れないでいたのをクイントは知っていた。
 それでなくとも、シスヤが夜、ぐっすりと寝入ることはほとんどない。
 眠るのが怖いと彼はいう。眠ると夢に見るというのだ。今まで自分が殺してしまった者たちを。恨みの言葉を自分に吐く人々を。
 夜中に大声を上げて飛び起きることも少なくなかった。そうして、ひとり肩を震わせ泣くのだ。怖い、怖い、と──。
 そんなとき、クイントは自分がどうしたらいいのか分からない。アネットだったら、どうするのだろう、そんなことを考える。
 結局、どうしたらいいかは分からないので、シスヤの傍らに座り、彼が寝つくまで側にいる。ごめん、と申し訳無さそうに謝るシスヤの頭をなで、「気にするな」と繰り返す。そうすることしか自分にはできなかった。
 いや、クイントには分かっていたのだ。
 ただ側にいる、誰かが自分の側にいるだけで、それだけで救われることがあるということを。
(救われているのはむしろおれだ…)
 苦しむシスヤを見るたびに、自分が重なってみえる。そこにいるのは、シスヤではなくもう一人の自分。
 ニシアが死んでから、極度の怒りに頭が真っ白になることがある。
 身体の奥から強く激しい炎が沸き上がってくるのだ。憎しみ、怒り、憤り…。そういった思いが身体の中を駆けめぐる。
 止められない暴走する怒り。
 気づくと、周りが炎に包まれている。燃え上がる火炎が──。
 その中で命絶えている人…。
 誰が…?
 問わなくとも分かっている。心の底ではその答えを分かっている。
 その場にいたのは自分。そして、そんなことがある度に、そばでタキトが自分の名を叫ぶのだ。「しっかりしろ」と。
 おれが殺した。おれが炎を使って殺したのだ。
(おれが──)
 ぐっと唇をかみ締めたクイントの耳にチリリンと小さな鈴の音のような音が聞こえてきた。顔を上げると、すっと目の前を小さな精霊が横切っていった。

横切る精霊  炎が己の身にまとわりつくようになってから、クイントには人ではないものたちが見えるようになっていた。
 今ではほとんどの人々が見ることの叶わなくなっているという小さな精霊たちである。クイントも昔からアネットにそれとなく話を聞いてはいたが、実際精霊たちが見えるというものは周りにはいなかった。だから、クイントもその存在すら半ば信じてはいなかったのだ。
 トルキアにはそもそも精霊たち自体が少なくなっているから、というのもあったかもしれない。
 だが、ふと何かの拍子にすっと自分の前を横切る精霊を見るときがある。幻かと初めは思ったが、何度も目にするうちに、そういうものたちが未だこの荒廃したトルキアにさえいるのだという事実に妙な感動を覚えるようになっていた。
 見えるだけ。
 精霊の言葉が聞こえるわけでも何でもない。ただその存在を見ることができるだけ。それがどうしてなのかはわからない。
 だが、その優しい存在がクイントの心を温めてくれる。
「見えるのかね……そこの黒髪の……」
 岩山を歩きつづけていた三人を、呼び止める声がした。
「?」
 警戒しながら、辺りを見回す。と、ちょうど岩と岩の間にぽっかりと小さな洞窟があった。その中から声がする。
「タキトッ」
 不用意に近づくタキトをクイントが引き止める。
「お前っ」
「──そう警戒しなくともいい。このおいぼれには何もできんよ…」
「──」
 タキトが目で促す。大丈夫だろう、と。
 三人は洞窟の中に入っていった。入り口は一人がやっと通れる位の広さであるのに対し中は結構広かった。十人が入っても、まだ余裕があるくらいの広さである。天井には直径一メートルくらいの穴が開いており、そこから月の光がうっすらと中へ差し込んでいた。その中の、入り口付近に老人は一人座っていた。
 長く伸びた白髪。そして髭。その真っ白な髪と同じ色の衣服をまとっている。どことなく物語に出てくる仙人を思わせる容貌をしている。
 清幽な雰囲気を感じるその老人は、三人が中に入ってくると、ゆっくりと顔をもち上げた。
「お前さん、かわった運命ををお持ちだね。お前さんのその心の中に炎が見える」
 老人は閉じていた目を開くと、じっとクイントを見つめた。
 全身にまとう白とは対照的な漆黒の瞳。
 老人の不思議な雰囲気に三人はその場を立ち去ることがでず、老人を見下ろした。
「本当に変わった運命をお持ちだ」
 老人は目を大きく見開く。
「──じいさん、あんた誰だ? こんなところで何してる?」
 タキトが老人の目の前でかがむと、老人と視線の高さを合わせた。
「わしか?名は…ない」
「なんだ、そりゃあ」
 ほっほっほっと老人は陽気な笑い声をあげた。
 タキトはクイントとシスヤを振り返りみる。二人は、そのタキトの視線に応じて、タキトと同じように、老人の側に腰を下ろした。
「名前、忘れたのか?」
 シスヤは興味深げに老人に尋ねた。
「名は捨てたんじゃよ」
「捨てた?」
「昔の名は捨てた」
 捨てたのか、とシスヤは意を介しかねて首を傾げた。
 そんなシスヤを老人は優しげな瞳で見つめた後、ゆっくりとこう続けた。
「名前なぞ、なくとも生きていけるからの」
「名前がなかったら不便だと思うけど」
 シスヤが顔をしかめて言うと、老人は再び愉快そうに笑った。
「それは、お主を名で呼ぶ人間がそばにおるからだよ」
 老人の言葉にはっとなって、シスヤは思わず口をつぐんだ。
 悪いことを言ってしまったような気がして、視線を地に落とす。
 だが、老人はまるでそんなことなど一向に気にせぬ様子で、相変わらずのんびりした声で話しかけた。
「お前さんたち、どこから来た?」
「はあ?」
 
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