(まさか、な…)
タキトは炎に視線を戻した。
クイントは何も言わなかった。アネットの遺体を抱え、彼は何も言わなかった。その場で何が起こったか。タキトも訊くに訊けなかった。訊いてはいけないような、そんな気がした。
いや、尋ねなくとも心のどこかでわかっているのかもしれない。
それからも、時々クイントの周りで炎を現れた。それは決まって軍の者が自分たちを襲ってきたときだった。突然炎が現れ、彼らを包んだ。影までをも飲みこみ焼き尽くした。
そのときのクイントの瞳は決まって真っ赤に変わった。低くうめきながら、クイントは彼らをにらむ。「しっかりしろ」と自分がクイントの肩を揺さぶると、炎は一瞬にして姿を消した。跡形もなく。
我に返ったクイントは呆然と目の前の景色を見つめる。信じられない、といった瞳で。いったい何が起こったのかわかっていないのだ、彼は。傍らで見ていたタキトもシスヤもわからない。だけど、心のどこかでははっきりすぎるくらいわかっていた。否定しようとしても否定しきれない声がタキトに告げる。「これは、クイントがやったんだ」と。
クイント自身も、そのことは気づいているようだった。目の前で起こった出来事は自分のせいなのだと。
炎で無意識のうちに人を殺した夜は、クイントは必ず一人落ち込む。思いつめた瞳で。
タキトはふと思い出す。
「辛いな…泣けないのは一番辛いな…」ヒュホラが言った言葉。
(そういえば…)
泣かない…。クイントが涙を流す姿をここのところ見ていない。昔からあまり感情を外に出すやつではなかったが、それにしてもニシアやアネットが死んだときにもクイントは泣かなかった。
そう、両親を、家族を、過去を思い出して、思わず涙してしまった自分やシスヤとは違って、クイントはあの時も、涙の一粒もこぼしはしなっかった。そんなクイントを見て、ヒュホラは呟いたのだ。「一番辛いな…」と。
クイントは強い。とても強い。自分なんかよりも、ずっとずっと強い。だけどその反面触れたら壊れてしまいそうな部分を持っているのも事実だ。
(こいつは、壊れないために、強がっている…?)
だから、泣かない。決して泣こうとはしない。泣きたくても、ずっと堪え我慢しつづけている。今までずうっと…。
「お前…」
タキトはじっとクイントを見つめる。
炎が揺れ、二人を柔らかく照らす。パチパチと心地よい音を聞きながらタキトは静かに言った。
「お前は何をそんなに我慢しているんだ?」
「……」
クイントは目を伏せた。
我慢…している?自分が?何を?
「おれは…」
「何も我慢していない、というのか?」
強く問う。
我慢…?
クイントは首を振る。
思い当たらない。自分が我慢をしているとは思えない…。
だが、タキトは続ける。
「我慢するのが悪いとは言わない。だけど、お前──お前は、おばさんとアネットが死んでから、一度でも泣いたか?」
思わず顔を上げた。
オ前ハ泣イタカ──?
タキトはじっと自分を見つめつづける。
オレハ泣イタカ──?
否。
自分は今まで、少なくとも母とアネットが死んでからは一度も涙を流していない。
何故?
泣くことで自分が弱くなるのを避けるため。涙を流してしまったら、もう自分は立ち上がることができなくなるかもしれない。そう思うと泣けなかった。辛くても、悲しくても泣けなかった…。
「泣けよ…」
優しくタキトはそう言った。
泣けよ、と。
「泣くことは弱さじゃない。泣きたいのに泣けないのは強さじゃない。おれはそう思う」
泣いてもいい?泣くのは弱さじゃない?
つっと頬を一筋の涙が伝う。見開く漆黒の瞳から涙が。
「あ…」
おれは…泣きたかった?
あわてて拭うも、涙は止まらない。拭っても拭っても次々と溢れてくる。
母ニシアが血だらけになって横たわっている姿。
自分の腕の中で冷たくなっていくアネットの死に顔。
自分の名を呼ぶ二人の笑顔──。
自分が殺した兵士の叫び。
呪いの言葉を吐いて息絶えた村人。
浮かんでは消えていく過去。
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