蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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 今は分からない。自分が本当に自由になったのか。それともやっぱりこれも定められた運命の輪の内なのか。
「自由だったかどうかは、きっと死ぬ間際になって初めて分かるのかもな」
「──」
「お前さんはどうだ。自由か」
 自分は自由だろうか。いや、と首を振る。おれは自由じゃない。戦の中で生き、家族を失い、住む場所を失った。そうして、今もやっぱり戦のせいでこうして彷徨っている。
「どうやったら、おれたちは自由になれるんだろうな…」
 火の中へ薪を一本放り込む。
「──ヒュホラさん…」
「ん?」
「ヒュホラさんは、リクウェアという国をご存じですか」
「──」
 驚いた顔でクイントの顔を見る。
「──リクウェアのことを聞いて、どうするつもりだ?」
「行きたいんです、リクウェアに」
 ヒュホラは言葉を失う。
「あるんなら、行きたいんです」
 クイントの真っ直ぐな眼差しに、ヒュホラは目を細めた。
「──リクウェアについては、詳しいことはおれも知らない。どこにあるのかも、そして本当にあるのかも。だが、噂にしては広まり過ぎている。あまりにも、な」
 パチッと火がはぜる。
「クイントは知っているか?このトルキアも昔はそりゃあ緑がいっぱりあるきれいな国だったんだそうだ」
「──そう…なんですか?」
 このトルキアが?クイントには信じられないことであった。
 今では荒れ果ててしまったこのトルキアにも昔は緑があふれていた?綺麗な水が流れ、澄んだ大気が優しく人々を包んでいたというのか?
「それを、こんなふうにしちまったのは、おれたち人間だ」
 大きく一つ息を吐く。
「ひょっとしたら、リクウェアってのは、そんな昔のトルキアのことかもなあ…」
 今は失われてしまった自然。遠い昔のトルキア。それを思い出して、人々が語り継いでいるのかもしれない。幻の国『リクウェア』として──。
「まあ、何にせよ、あるかどうかはおれにも分からんってことだ。真実は自分の目で見て確かめるこったな」
 クイントの背中を、その大きな手でぽんと軽く叩いた。
「お前さんなら、きっと行ける。リクウェアとやらにな。だから、諦めずに探すことだ。それがお前さんの『自由』につながるかもしれないな」
「ありがとう…ございます…」
 少しだけクイントは微笑んだ。
 大人びた笑みだ、ヒュホラは何だか悲しくなった。
 洞窟に戻っていくクイントの背中を見つめる。
「急いで、大人にならなくっちゃならなかったんだ…な…。お前さんたちは」
 呟く声はクイントには届かなかった。

 


 翌朝、朝食をも御馳走になった後、クイントたちは出発の準備をしていた。
「ここにいてもいいんだぞ」
 ヒュホラがそんな三人に歩み寄る。
「本当?」
 シスヤが瞳を輝かせてクイントを見る。
「ね、クイントここにいようよ」
「──いや…」
 クイントはヒュホラに頭を下げた。
「ご好意はうれしいですが、おれたちは行きます。自分たちで住む場所を見つけます」
 このままヒュホラといれば、確かに安心だし、何よりも心強い。だが、自分たちがここにいることで、いつかヒュホラに迷惑をかけてしまうかもしれない。もうこれ以上、人を巻き込むことだけはしたくなかった。
 そうか、とヒュホラは微かに笑った。そして、その場に腰を下ろす。
「取り敢えず、助言だけは聞いていきな。お前さんたち、ここがどんなところかも分かっていないんだろう?」
 昨日のことを思い出してヒュホラが笑った。
 確かに、クイントたちは何も知らない。ここに、自分たち以外に多くの人が軍の手を逃れてきているということも、ヒュホラから聞くまで全く知らなかったのだから。
 素直に三人は腰を下ろした。
「今いるのがここ」
 ヒュホラは地面に地図を書いた。そうして、今自分たちがいる場所を指し示す。ちょうど中央の辺りだった。
「水が手に入るのは…と、この辺りなら水はある」
 地図の右端を縦断するようにうにっと線を引く。
「それからこっちにも確かあったかな」
 今度は地図の左下方に丸を描く。
「こっちは沼、で、こっちのは川だな。場所としては川の辺りがいいかもしれない」
「どうして?」
「ここはな、今はこんなふうに岩山になっちまっているけど、昔はこれでも緑がそりゃあめいっぱいあったらしいぞ。地形自体は昔からたいして変わっていはいない。だったら、沼よりも、川の方が辺りに隠れることが出来る石はあるし、水も澄んでいる。枯れ木でもあったほうがましだろ」
 それに、とヒュホラは付け足した。
「万が一の事態を考えた場合、こちらの方が逃げやすい」
「万が一…?」
「覚えておけ。ここはお前さんたちが思っているほど安全な場所じゃないんだ。昨日も言っただろう。ここには訳ありの人間が多い。たいてい、おれのように軍に追われているやつらばかりだ。軍もそのことは充分分かっている。だから、ときどきやって来ては、あいつらは銃をぶっ放していく。まるで狩りを楽しむかのようにな」
「そ…んな…」
「この国の中、いやこの世界で、今や安全なところなんてどこにもないんだ」
「──分かりました」
 クイントは二人を促す。
「色々と、お世話になりました」
 深々と頭を下げる。
 いくぞ、とクイントは歩きだす。
「クイント!」
 その背中にヒュホラが声をかけた。

「最近北を目指すやつが増えたと聞いた。行くなら北だ!」
 ハッとなってヒュホラを振り返る。それにヒュホラはゆっくりとうなずいた。
「お前ならきっと行ける。おれはそう思うぞっ」
 目を細め、そうしてもう一度深く頭を下げると、クイントは再び歩き出した。それにタキトが従った。シスヤは後ろ髪引かれる思いで、何度もヒュホラの方を振り返った。だが、やがてヒュホラの姿は岩の間に消えていった。
北へいけ!
 ぱちぱちと薪が燃える。
 シスヤはとっくに眠りについていた。
 残された二人は火を囲んだまま、特に話すこともなく、その炎をぼうっと眺めていた。
 三人はあの後、ヒュホラの教えの通りに、まずは川のあるという方角へ向かった。だが、思うようにいい場所は簡単には見つからなかった。何時間も川を上流の方へと遡った。
 そして、ヒュホラの忠告どおり、水場が近く、岩がごろごろしている場所に洞窟をみつけることができたときには、陽はすっかり西に傾いてしまっていた。
 そこは小さな滝の傍らにある岩場にぽっかり口を開けていた洞窟であった。少々出入りをするには不便ではあるが、正面からぱっと見ただけでは、そこに洞窟があるようには岩が邪魔でわからない。 
 三人は日が暮れる前に、近くから薪と枯れた草を運んできた。山のように集めてきた草を、洞窟の中に敷いた。寝床とするのである。少しちくちくはするものの、岩の上にそのまま横になるよりは何倍もましである。
 その証拠に、シスヤなぞは横になった途端、夕飯もそこそこに寝息をたてはじめた。昨日今日とずいぶん歩いて疲れたということもあるだろうが。起こすのが可哀想で、二人はそのままそっとしておくことにした。ヒュホラがわけてくれた干し魚。それから自分たちが村から持ってきた米を水で煮た。おかゆにも程遠いが、食べられるだけまだいい。
(炎…か…)
 タキトの脳裏にニシアの死んだときのことが浮かんだ。あのとき、クイントの叫びに呼応するかのように炎が現れた。
(あれは、なんだったんだ?)
 考えても全くわからない。
 周りに火の気があったのかどうかはわからない。そんなこと確かめる余裕なんてなかったのだから。
 ただ、周りに火の気があったとして、たまたま自分たちが地下室でニシアを見つけたときに、火が広がったとしても、その後、忽然と消えてしまった理由がわからない。あれだけ燃え盛った炎を一瞬にして消すことができるだけの水は少なくともなかったはずだ。火が消えたあと、地下室の床にはニシアの血以外、水気はなかったのだから。
 そして、アネットが死んだときも、同じような現象が起こった。自分は地下室にいたから直接は見ていない。いつまでたっても降りてこない二人に不安を感じて、上に行ったとときには、すでにアネットは死んでいた。そして、二人がいた周りは火事でもあったかのように、焼けていたのだ。何よりも奇妙なのは、大勢いたはずの村人の姿が全くなかったということだ。
 ちらりと、向かいに座っているクイントを見やる。
 クイントはぼうっとしたまま、炎を見つめていた。
 
 
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