蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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「ああ、すまなかったな。礼を言う」
 男はよっこらしょ、と立ち上がった。
 今までは座っていて、クイントたちよりも視線が下だったから分からなかったが、こうして立ち上がると、随分と大男であることが分かる。
 歳は三十後半くらいであろうか。がっちりした体格に、日焼けした身体がなんともたくましい。
「おれはヒュホラ。いやあ、うっかりと足をすべらせてしまってねえ。この通り。このままお前さんたちが来てくれなかったら、ここで干乾しになっていたかもなあ」
 呑気なことをいいがら、がははと大口を開けて笑った。そうして、側にあった大きな荷物を担ぎ上げようとして、バランスを失い、どしーんと盛大な尻もちをついた。
「おっさん、運んでやろうか」
 ヒュホラは頭をかくと「すまないなあ」と、荷物をタキトに渡す。
「げっ」
 荷物を受け取ったタキトはそのあまりにもの重さに足をふらつかせた。
「お前の荷物、かせ」
 クイントは半ば強引にタキト自身の荷物を受け取った。
「すぐそこまでだから。ついたらそれなりの礼はするぞ」
 三人はヒュホラについて歩きだす。
 さっきの地点から数分行ったところで、ヒュホラは辺りをきょろきょろと見回し、自分たち以外に誰もいないことを確認する。そうして、崖とは反対の方向、つまり岩がある方に身体を向けた。大きな二つの岩が行く手を遮っている。が、ヒュホラはその二つの岩同士の接点の下に出来ているわずかな隙間に、するりと身体を滑り込ませた。
 よくもまあ、あの身体で、とタキトは感心しながらヒュホラの後に続いて隙間を通り抜ける。
 大きな岩と岩の間をくぐり抜けると、小さな泉が姿を現した。自分たちが今通ってきた部分以外は、ぐるりと崖に囲まれている。
 ヒュホラはその泉の向こう側に回ると、崖にぽっかりと開いている洞窟の前で足を止めた。振り返り、クイントたちを手招きする。
「ここなら人は来ない。まあ、ここに座ってくれ」
 洞窟の外にある石を指さす。
 ヒュホラは足を少し引きずりながら、洞窟の中へ姿を消した。三人は仕方がないので、荷物を下ろすと、適当な大きさの石を探して、その上に腰を下ろした。
 数分後、ヒュホラが洞窟の中から姿を現した。右手に薪を抱え、左手には大きな鍋をぶら下げていた。シスヤが立ち上がって、ヒュホラの元へ行き、運ぶのを手伝う。
 ヒュホラは薪を下ろすと、手近にあった石でかまどを作る。そうして手際よく火を起こした。その間に、タキトが鍋に泉の水をくんで来て渡すと、それを火にかけた。ヒュホラはその中に、皮をむいた野菜をぽんぽんと放り込んでいく。
 ひと段落ついたところで、ヒュホラは三人に向かって頭を下げた。
「まずは礼をいう。ありがとう。助かった」
 つられて三人も頭を下げる。
 それを見て、ヒュホラは笑った。
「お前さんたち、名前は?」
 タキトが代表して、三人の名前をヒュホラに告げる。
「で、お前さんたち、どうしてここに?」
 さっと三人は身構える。だが、ヒュホラはそんなことは気にも止めぬ様子で、火の具合を見ている。
「ここに来るのは、大抵、わけありの人間ばっかりだ。そう警戒する必要もない。みんな同じような人間ばっかりだからなあ」
「──他にも…人がいるんですか?」
 恐る恐る尋ねる。

ヒュホラ 「ああ、いるさ。わんさかいるぞ、この辺りには。ん?お前さんたち、そんなことも知らずにここに来たのか?」
「──ここに来れば、人はいないと思ったから…」
 素直なクイントの言葉にヒュホラは一瞬きょとんとし、次いで優しく言った。
「よかったら、お前さんたちのことを教えてくれないか」
 ヒュホラの真剣な眼差しに、クイントは頷いた。この人なら大丈夫、そんな気がしたのである。
 まず、シスヤが口を開いた。
 物心着く前に、反中央軍にさらわれ、そこで育ったこと。銃を与えられ、人を殺す術を教わったこと。そして、沢山の人を殺したこと。それが正義だと信じていたあのころの自分。だけど、大きくなるにつれて、家族という言葉が心の中で大きくなっていった。故郷にどうしても帰りたくなった。一度でいい、家族に会いたい。自分がどんなところで生まれて、どんな家族に囲まれていたのか。遂に軍を抜け出す。  その先で、出会ったアネットたち。そして知った人の温かさ。
 だけど、それも束の間の夢だった。全ては失われてしまった。アネットも、そしてニシアももうこの世にはいない。自分に係わったせいで。
 嗚咽を上げながら、それでもシスヤは話しつづける。
 会いたかった。ただそれだけ。だけど、天はそれを許してくれなかった。自分のたった一つの願いも神様は叶えてくれなかった。そして、やっと手に入れた小さな幸せも天は自分から奪っていった──。
 そうか、そうかと言って、ヒュホラは大きな手でシスヤの頭をなでた。
「お前さんは?」
「──親父は戦で死んだ。お袋は…病気で死んだ…」
 タキトは辛くなって、顔を伏せた。シスヤにつられて涙がこみ上げてくる。
「おれは…何も…できなかった…。おれは幼すぎてっ、おれはっ…」
 言葉がつまる。
 横にいたクイントが優しく肩に手を置く。
 ふとクイントとヒュホラの視線が合う。クイントはヒュホラから視線を外さずに、真っ直ぐにヒュホラを見つめたまま言った。
「おれの父親は戦で死んだ。母親は殺された」
「──右目はどうした…?」
 傷ついたクイントの右目。あの日、ガラスの破片が刺さった右目は、もう見えない。元々前髪は長かったので、それで分からぬよう隠しているつもりではあった。
 クイントはうずく右目を、そっと右手で抑え、あの日のことを話した。
 淡々と語るクイントをヒュホラは悲しそうに見つめている。
「お前さんは──泣かないのか…?」
 話し終えたクイントから視線をそらさずに、ヒュホラは静かにたずねた。
「辛いな…泣けないのは一番辛いな…」
「──ヒュホラさんは?ヒュホラさんはどうして、ここにいるんです?」
 一瞬の沈黙の後、話を変えるように、クイントは問うた。
「おれ?」
 それまでとは打って変わったように、元の調子に戻ってにっと笑う。
「おれはな、軍に入隊するふりをしてな、武器を盗んでは脱走して、それを売っぱらってたんだ。結構金になるんだぞ、武器ってのは。特に銃はすごい。あれは民間の人間には手の届かないものだろう。だから、余計高い値がつく。だがな、さすがにそれを繰り返しているうちにどうにもならなくなっちまってなあ。今や軍に追われているってわけだ」
 三人は呆れて言う言葉もない。
「全くわれながらすごいことをしたもんだと、感心するよ」
 涙を流していた二人も、ヒュホラの言葉に思わず笑いがこみ上げてきた。ぷっと笑いだす。
「お、できたできたっと」
 ヒュホラは鍋にパラパラと調味料を入れると、一人分ずつ器によそってくれた。
 決して豪華とは言えない食事。だが、心の奥まで温められていく。
 自分たちはまだ幸せなのかもしれない、そんな気がクイントにはしていた。
 どんなに辛いことがあっても、自分たちはまだこうして生きていられる。仲間と共に。これは、決して不幸なことではないだろう…。
 
 
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