幼いシスヤを罵るのはたやすい。だが、そうしたところで死んでしまった者が蘇るわけではない。それでなくとも、シスヤは自分を責めている。自分のせいで、故郷が襲われてしまった。そして、今度はこの村だ。シスヤにだって、この原因が自分にあることは痛いほど分かっていたのだから。
だが、村人の中には、シスヤを口汚く罵る者もいた。「お前がいるからだ」と。物を投げつけるものもいる。シスヤは外に出るのを嫌がるようになった。決して家の中から出ようとはしなくなった。
帰る故郷も失い、そして今、彼は全ての者の標的とされている。
彼がそう望んだわけではないのに。
彼は何も分からないうちにさらわれ、何も知らないまま敵を殺す術を教え込まれた。だが、彼の心はそれに堪えることができなかった。家族を忘れられず、故郷が忘れられず、そうして死を覚悟で軍を抜け出してきた。
そんな彼をどうしろというのだ!
やがて、非難の対象は、シスヤだけではなくなっていた。クイントたちにもその矛先は向けられるようになっていった。
タキトは怒りを現し、大声で言い返そうとした。だがその度にクイントに止められていた。「ほうっておけ」クイントがそう言うたびに、タキトは悔しそうに唇をかんだ。
──今日もティエンは画像を映し続けている。
この村でも、ティエンだけが日々の情報源であり、人々の間に深く浸透しているものであった。人々はティエンに耳を傾け、ティエンから流れる情報が彼らの全てであった。
ティエンがない家にも、ティエンがある家からその情報はうわさとなって流れていた。
事件があって以来、村人たちは反中央軍に対して憎しみを抱くようになっていた。それだけに、中央側の流す言葉に次第に心を傾けるようになっていた。
ティエンが正しいと言えば、たとえそれがどんなに不合理な物だとしても、彼らは次第にそれを信じるようになっていった。ティエンが間違いだといえば、どんなにそれが正しいと分かっていても人々はそれを否としはじめたのである。
ティエンがその村を事実上支配しているような、そんな感じさえするほどであった。
「どうして、ここまでティエンを信じるのかしら」
アネットの問いに、クイントは寂しげに笑った。
「どうしてかなんてこと、だれもわかりはしない」
ティエンが「人を殺せ」と言えば、人は手に武器をとり、隣人を襲う日が来るかもしれない。それが是だとされれば…。
それが間違いだと、流れに逆らって正気でいられるのは僅かな者たちだけだろう。
「あったまくるよなあ」
タキトはどかっと椅子に腰を下ろした。
「あー、もういらいらするっ」
「カルシウム不足だな、それは」
「おれは、お前が死ぬほど羨ましい…」
タキトが恨めしそうに上目遣いでクイントを見る。
「?」
「なんでそんなに落ちついてられるんだあっ」
うがーっと頭を掻きむしる。
「やっぱりカルシウムが足りんらしい」
「タキトのご飯、小魚とミルクにしたら」
シスヤが傍らのアネットに囁く。
くすりと笑って、そうね、とシスヤの提案に同意した。
「そこそこっ、そこの二人もーっ」
「うるさいやつだな」
「気にならないのかああああ」
ティエンはその矛先をいつしか、敵を殺さないものへと変えていった。
──このなかで、働かない者たちが入る。この中で、敵を匿っている者たちがいる──
クイントたちはすでに、村の者たちから仲間外れにされるようになっていた。外に出てのクイントたちをあからさまに避けた。罵声を浴びせる者もいる。以前は食糧を分け合っていた者たちも、クイントたちには分けてくれなくなっていた。仕方がないから、クイントたちは危険を承知で村はずれまで食糧をとりに行かなくてはならなくなっていた。
クイントはそれでもかまわないと言った。アネットもにっこりと頷く。
だが、四人は常に周りに気を配るようになっていた。いつ何が起こってもいいように。この村も決して安全ではない。それは外部からの襲撃という意味のほかに――考えたくはないが、同じ村のものからの襲撃もありうる、ということを意味していた。
自分たちはシスヤをかくまった。その結果、あのような事態が起こってしまった。これは誰が何というと事実なのだから仕方がない。
そうして、おかしなティエンから流れる言葉によって、村人たちの心では次第に憎しみが大きくなってきている。自分たちに対する憎しみが。その憎しみはやがて1つの敵意へとなるだろう。
そのとき、自分たちは一体どうするのだろう。
「その神経がおれは羨ましいぞ」
「――お前が神経質すぎるんだ」
ムッとしてクイントはタキトをにらむ。
「お前の神経が図太すぎるんだあ」
大げさなタキトのリアクションを見て、シスヤはくすくすと笑っている。
クイントは分かっていた。タキトがここまで大げさに騒ぎ立て道化を演じているのは、ともすると沈んでしまいがちな自分たちを勇気づけるためだということを。だが、あまりにも…
「騒がしい…」
ぼそりと呟く。
「何か言ったかあ、クイントちゃん」
「そのエネルギーを、もう少し別の方向に向けたらいいのにな」
ううううっと泣きまねをしてみせる。
「冷たいわあ、お母さんはあなたをそんな子に育てた覚えはないわっ」
その時、激しい物音が入り口でした。
同時に、石が窓を突き破って投げ込まれる。
「!」
三人は一斉に立ち上がる。クイントは、さっと銀の鍵を取り出すと、タキトに向かって投げた。
「お前、分かるなっ」
「ああ」
「先に行って、扉を開けておいてくれ」
「分かった」
一瞬のうちに、何が起こったのか、彼らは理解した。
そうして、各自以前から決めておいたとおりに、地下室へとおりる準備をする。
だが地下室への扉は、すでに母が死んだあの事件の時に打ち破られている。あそこで時間稼ぎをすることはできない。気づかれぬよう、あの通路を伝って外へ出るには、誰かがここで時間を稼ぐしか他に方法はない。
クイントは、三人を地下室へと先へやった。
カーテンの隙間から外を見やる。
村人たちが、各々手に武器を携え、家を取り囲んでいるのが見えた。
(もう…限界に来ていたのか…)
自分たちに向けられる憎しみはもう限界に達していたというのか。本来ならば憎しみを向ける相手は違う。だが、その相手が目の前にいない以上、憎しみの原因をつくり出した自分たちにその矛先が向かうのは当然のことだ。
だが…あまりにも辛い…。
おなじ「とき」を生きてきたはずなのに。それなのに…。
クイントは扉の側に立てかけておいた木の棒を手にする。こんなのでは敵いはしないと分かってはいる。相手を傷つけたくもない。でも…。
ガシャンッ
窓から次々と石が投げ込まれる。
「っつ…」
右目に激しい痛みが走る。痛みのあまりて開くことができない。
(破片が…ささったか…)
だが、そんなことに構ってはいられなかった。
バンッ
扉が打ち破られる。
激しい形相の村人たちがクイントに武器を向けた。
「お前が、あいつを匿った」
「だから、おれたちはこんな目にあったんだっ」
「あいつを出せっ、そしておれたちの前であいつを殺せ」
「もうガマンできないんだっ!」
クイントは何も言わない。
「もう、おれたちは我慢ができない。これ以上敵を匿うというなら、お前たちも同罪だ。それが嫌なら、あいつをお前が殺せぇっ」
「嫌だっ」
クイントは叫ぶ。
「シスヤを殺すことなんておれにはできないっ。あいつが何をした。ただ家族に会いたくて、故郷に帰りたくて、軍を抜け出しただけじゃないかっ。そんなあいつに何の罪があるっていうんだっ」
「あいつがいるから、おれたちは家族を失ったんだ。全てあいつのせいだっ。そして、お前のせいだっ」
村人たちが持っていた銃をクイントに向けた。
(おれの…せい…)
自分のせい…。こんな結果を招いたのは紛れもない自分のせい…?そう、自分のせいなのだ…。
母が死んだのも。多くの村人たちが死んだのも。
すべては自分のせいだ。
おれがシスヤをかくまったせい――??
じゃあ、シスヤを助けなければよかったのか? 反抗しながらも、あの時のシスヤの瞳の奥には悲しげな想いが揺れていた。
そんな彼を見殺しにすればよかったのか?
「お前の、せいだっ」
「クイントッ」
ドンッと激しく突き飛ばされた。
ハッとなって、自分を突き飛ばした人影を確認する。
「アネット!」
それと共にアネットの細い身体に銃弾が放たれた。
スローモーションの画像のように撃たれたアネットが倒れる。
多くの銃弾がアネットの身体を貫く。
真っ赤な血が辺りに飛び散った。
それをを目にしたクイントの頭の中は真っ白になった。それと共に怒りで全身が沸き立つ。
「きさまら──っ」