蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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 ぶすっとクイントがタキトを睨む。


 ガガガガ…


 音を立てて扉が開く。
「これであと一つだ」
 三人は歩く。
 そして──
 不意に前を行くクイントの足が止まった。
「どうした?」
 タキトが尋ねるのと同時に、クイントが叫んだ。
「アネット!」
 通路の終点でうずくまっていた影がごそりと動いた。
 クイントが走り出す。続いて後ろの二人も走り出した。
「クイントッ」
 アネットが自分のもとに走り寄ってきたクイントに飛びつく。
「アネット…?」
 泣いていた?
 涙でぐしゃぐしゃになった顔をアネットはクイントの胸に押し当てる。
「どうした?」
 何があった?
 どうして、ここにアネットが一人でいる?
 嫌な胸騒ぎがした。どくんどくんと心臓が早打つ。
 震える手でクイントは最後の扉を開いた。地下室と通路をつなぐ最後の扉を。
「──…」
「おい、クイント?」
 地下室に出たクイントはその場に立ち尽くしたまま、動かない。
「クイント…?」
 クイントの名を呼んだタキトは、それと同時に目を見開く。
 辺り一面の血の海。真っ赤な真っ赤な。床も壁も。その中に静かに横たわる…
「おば…さ…ん?」
 息を飲む。もう動かないニシアの変わり果てた姿を目の前に、タキトは声を失った。
(しまった…)
 何が起こったかは一目瞭然だった。やつらに違いない。ばれたんだ。シスヤがここにいるということが、ばれたんだ…。
「うわ──」
 声にならない声でクイントは叫んだ。
 それと同時に、あたりが炎で包まれた。
 クイントの心の底から強い感情が沸き上がってくる。
 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
 憎い、憎い、憎い…
 全てが憎い。
 この世界をこんなふうにした奴らが憎い。
 自分たちのささやかな幸せを奪った奴らが憎い。
 一人の少年のために、村を襲ったやつらが憎い。
炎の中のクイント
 そして──何もできない自分が憎い…
 クイントの心の声に呼応するかのように、炎は勢いを増していく。
「クイントッ」
 早くっとタキトが叫んだ。
 だが、クイントはニシアの遺体の側から離れようとしない。
 タキトはクイントに近寄る。
「クイント?」
 クイントの顔を目にし、思わずあとずさった。
 漆黒のクイントの瞳──それが、真っ赤な炎の色に変わっている。
 その瞳に自分は映っていない。クイントの瞳は、いつものあのどこか悲しげで、だけど強い意思の宿っているものではなかった。今の彼の瞳には何も映っていない。うつろな瞳で、それはどこか遠くに向けられているようだった。

 ゴウッ

 烈火が二人を襲った。タキトは我に返る。こんなところでぼうっとしている場合ではない。
 炎は二人を取り囲み、飲み込もうとしている。
 早くここから出なければ、こいつを連れ出さなくては、そう焦ってタキトはクイントを揺さぶった。
「しっかりしろっ、ここで死にたいのかっ」
 心、ここにあらず、といった状態のクイントをタキトはさらに激しく揺さぶる。
「おまえがここで死んだらアネットはどうなるっ」
 クイントの瞳に光が戻る。
 はっとしたように、タキトを見つめた。
「──おれ…」
「そんなことは後でいいっ。とにかくここをっ──」
 そこでタキトは気づく。
 炎が…消えている…。
 あれほど激しく燃え盛っていた火炎が消えてしまっている。
「なん…なんだ…?」
 まさかあの火自体が幻、というわけではあるまい。確かに何かが燃えていた跡は残っているのだから。
「クイント…」
 アネットがシスヤに寄り添われながら、クイントに駆け寄る。そうして、クイントの目の前に来ると、わっと泣き崩れた。
「わたしがっ…」
 自分がついていたのに。
 自分が側にいたのに。
 それなのにこんなことになってしまった…。
 そして自分だけが助かってしまった…。
 あの時、そう、兵士が攻めてきたのはクイントたちが村に戻ってくる数時間前のことだった。
 そして、その時アネットはニシアの側にいた。
 ニシアは台所で、今晩帰ってくる予定の子どもたちを迎えるために、いつもより少し豪華な食事を用意していた。アネットはその側で椅子に腰掛け、ジャガイモの皮むきを手伝っていた。彼女が皮をむいた小さないもを手にし、ニシアは溜め息をついた。
 このごろでは昔に比べ、食べ物が極端に不足するようになっていた。ジャガイモでさえ十年前に比べれば何とも貧弱な姿になっている。
 全ては大地が汚されたせいだった。戦が長引き、畑という畑が戦場に変わった。至る所にわなが仕掛けられ、人々は容易に畑に出ることもかなわなくなっていた。お互いの兵糧を欠くために、大地に毒をばらまかれる。
 そのつけが今自分たちに回ってきているのだ。
「あとどのくらい続くんだろうね」
「おばさま…」
 ニシアはアネットの方を見ると、優しく微笑んだ。
「アネットには世話ばかりかけちまってるねえ…。あたしは、本当、あんたがいてくれてよかったって思うよ」
「──」
「あの子だってそうさ。親子二人そろって、あんたに救われてんだよ」
 いや、二人じゃなくて今は四人か、とニシアは陽気に笑った。
「今後とも、四人そろって頼むよ」
「そんな…」
 救われているのはむしろ自分のほうだ、そうアネットは思う。
 両親が早くに亡くなってから、ニシアは全くの他人であった自分を引き取ってくれた。そうして、今まで自分を育ててくれた。実の息子クイントと分け隔てなく、自分にも十分すぎるくらいの愛情を注いでくれている。
「おばさま」
 
 
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