村を出てから七日が過ぎた。 三人はようやくシスヤの生まれた村トゥーサの手前まで来ていた。 険しい谷を歩きつづけて二時間。シクサからこのトゥーサまでは四十キロほどであるのだが、こういった谷や山が多いため、思ったより時間がかかった。 「あ、あそこじゃねえか」 霧のかかる前方に少し開けた場所がちらりと見えた。 三人はそれから十数分後、せまい岩山の道を通り抜けた。さっと視界が開けた。それと同時に霧も引く。 シスヤは一歩一歩確かめるように前へ踏み出す。 はっきりと覚えているわけではない。 自分の生まれた所がどんなところなのか。自分の家族がどんな人たちなのか。 ただ心の奥底で感じるのだ。母さんの笑顔を、父さんの声を。 だからこそ求めてやまなかった。家族の愛情を知らずに育った自分が、ずっとずっと恋い焦がれていたふるさと。いつかきっとその場所へ帰ろうと。 その日を夢見て──。 涙が溢れてきた。 懐かしい…。 わけもなく。ぐっと心に思いがこみ上げてくる。 「さあ…行こう」 優しくタキトが肩を叩く。 その先にあるのは、決して自分が夢見た故郷ではない。 それはシスヤにも分かっていた。 けれども、どうしても見ておきたかった。自分が求め続けていたものを。 激しい谷風が吹く。 ヒュウウ… 風の声はまるで天上を目指して駆け登る龍の鳴き声のようであった。 シスヤは顔を上げる。 そうして変わり果てたふるさとの姿を心に刻みつけるために。 「──…」 焼け崩れた家々。踏み荒らされた畑。 そして供養されることもなく、その場で息絶えた人々の姿──。 クイントもそしてタキトもその凄惨な情景に言葉を失った。 (これが…) シスヤは唇を噛みしめる。 (これがおれの…) これが自分のしたことへの仕返しだ。 全ては自分が軍を逃げ出したことから起こったことだ。 自分がっ。 「おれがいるから、全てがっ」 「お前のせいじゃないっ」 シスヤの叫びを、強く厳しくクイントは打ち消した。 「お前のせいじゃない」 もう一度強くクイントは繰り返した。 シスヤはクイントの腕を振り払い、ばっと二人から離れる。 「おれのせいじゃないって?違う、おれのせいだっ」 「シスヤッ」 「くるな!」 「シスヤッ!」 「くるな…おれの側にくるなあーっ!」 胸が張り裂けそうだ。 自分のせいだ。自分が逃げ出したから…。 家族は。村は。 身が引き裂かれるようになる。いろんな思いが渦巻く。 ぐっと、胸を抑えてシスヤはその場にうずくまった。 「──」 クイントは何も言わずに、それでもシスヤのそばに近寄っていく。 「くるなよ、クイントッ。おれはっ」 シスヤの目の前に来たクイントは、そこで立ち止まると、その場に座り込んでいるシスヤに向かって右手を差し出した。 「──立てるか?」 「──クイント…」 わっとシスヤは泣きだす。 「もう、いいだろう?」 シスヤは涙をぬぐうと、クイントの右手を借りて立ち上がった。
「──戦のない時代に生まれたかった…」 シスヤはしゃっくりあげながら、心の底の思いを口に出した。 戦のない時代に生まれたかった。 何もかも平穏なときに生まれたかった。 そうすれば家族は死ぬことはなかった。
自分はこんなつらい思いをすることはなかった。 アネットを傷つけることもなかった。 戦のない時代に生まれて──。 そうして、全てをやり直したい。もう一度最初から何もかも。 「せめて…埋めてやろう…」 タキトは目を細めて、そう言った。 「おれたちに出来ることはそのくらいだ…」 ヒュウウウ… 風が──哀しげに谷を駆け抜けていった。
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