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シスヤがこの村に来てから六日目の朝を迎えた。 シスヤはあれ以来、余談には応じるようになっていた。 だが、それ以外のこと、つまり本題に入ろうとすると、口をつぐんだままだんまりを決め込むというのは相変わらずであった。 アネットはさしてそれを気にすることもなく、実に辛抱強くシスヤの話し相手を一日中していた。 「おはよう、シスヤ」 「──アネット…」 アネットの声でシスヤは朝が来たことを知った。 「はい。朝食」 バスケットをシスヤに差し出す。シスヤは慌てて寝床から飛び起きると、布団をたたみ傍らに寄せた。そうしてバスケットを受け取り、アネットをベッドの方へ誘導する。床に直接腰掛けるより、この方がアネットにとっても楽だからだ。そして、アネットが無事ベッドに腰を下ろすのを見ると、松葉杖を受け取り、それを壁に立てかけた。 「ありがとう、シスヤ」 アネットは優しい声で礼を言った。 シスヤは照れたように鼻の頭をかくと、アネットの隣に腰を下ろした。そうしてバスケットの中から朝食を取り出すと、パンにかぶりつき、牛乳を一気に飲み干した。 決して充分とは言えない食事。だが、もらえるだけましだとシスヤは思った。 自分がいた軍だったらこんなわけにはいくまい。 自分はその現実を見てきている。 捕らえられた者を、決して生かしてはおかない。そして── (逃げた者も…) パンを口に運ぶ手が止まる。 そんなシスヤを柔らかな声が包む。 アネットは優しい。どこまでも。自分に注がれる眼差しはいつでも温かい。今まで受けたことがないほどに。 なぜ? 自分を傷つけた者に対してどうしてここまでできるのだろう。 この村の者だって同じだ。 なぜ、自分を殺さない? シスヤは今日も無事朝を迎えることができたことに、ほっとした。 しかし、明日は分からない。自分は明日こそは殺されてしまう、きっとそうだ。そんな気持ちが常に付きまとっている。 それなのに、それが現実にならないのはどうしてだ? 自分がここにこうして捕らえられてから一週間近くが過ぎた。一週間もたったのだ。 その間、自分には食事も出された。それなりの寝床もある。薄暗いという点を除けば、不自由な点もない。捕虜としての扱いからは遠くかけ離れている。普通では考えられない事態だ。 ここでは、これが普通なのか──? だが、緊張の糸は決して緩むことがない。時間だけが刻々と過ぎてゆく。 もしこれが自分のいたところであったら、捕まった者などその場で殺されるのがおちである。 どんなことがあってもそれは確実なことであり、敵に捕まることはイコール死であるとそこに連れてこられた時から教わってきた。そして、自分も捕まったとき一度は死を覚悟した。 しかし、なぜ自分は今生きていられるのだろう? 自分に何か利用価値でもあるのか? いや、そんなことはない。こんなちっぽけな命と引換えに何かを要求をしようとしたって無駄なことだ。そんなことはこの村の奴らだって知っているはずだ。 なのに何故、自分は生かされる? 「──どうしておれは殺されない…」 誰へとはなしに呟く。 アネットはシスヤの小さな心の叫びに、悲しそうに眉をひそめた。 「──あなたを殺しはしないわ」 「なぜ?」 「どうして、そんなこと聞くの?」
スッとシスヤの全身から力が抜けた。今まで一週間近く緊張し続けてきた身体から全てが抜けてゆく。 シスヤの頬をひとすじの涙が伝っていった。 そんなシスヤを優しくアネットは抱き寄せた。声を立てずに身体を震わせて泣くシスヤの背を、アネットはずっと何も言わずに撫でてやっていた。
その夜、シスヤはランプの炎がゆらゆらと揺れる部屋で祈った。 勇気を。神様、勇気を下さい。 全てを打ち明ける勇気をおれに下さい。 自分のことを、これまでのことを告げる勇気を──ください。
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