蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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 まるで、現在のこの世界を描いたようなストーリーでありながら、「幸せ」を求めて旅立つことなどできない世の中の人々は、この絵本に強い憧れを抱いた。そうして瞬く間にこの絵本は、トルキアはおろか、世界中に広まったと言われている。作者は不明。最初にどこの国で生み出されたのかも、それがいつだったのかも分からない。
 アネットはこの絵本を母から貰ったのだった。母もまた、この絵本を死んだ祖母から貰ったのだと言っていた。
 何度も読み返してきた絵本は、今では随分と汚れてしまっている。だが、大切にずっと今まで傍らに置いてきたものだった。
 アネットはゆっくりと読みはじめた。
 戦をしている国に生まれた一匹の子うさぎ。だが、子うさぎは優しいお母さんとお父さん、そしてお姉さんや弟たちに囲まれて幸せに暮らしていた。
 しかし、戦は次第に子うさぎの生活を壊しはじめる。お父さんが亡くなり、次いでお姉さんが死んでしまう。そして、家族全てを失い、自分だけが生き残ってしまう。
 子うさぎは悲しみに暮れる。天に向かって訴える。「自分が何をした」と。どうして自分はこんな悲しみを受けなくてはならないのか。どうして家族は死ななくてはならなかったのか。
 その時天使が降りてきて遠く北を指さすのだ。
「『この方角にあなたの求めるものがきっとあるでしょう』天使はそう言うと、光と共に空へ帰って行きました。子うさぎは天を仰ぎ呟きました。『ぼくがもとめるもの。それはかぞく。それはいくさのないせかい。でも、ぼくにはもうかぞくはいない』」
 アネットはシスヤをちらりと見やる。
 今まで俯き、決してあげることのなかった顔を今は確かに上げ、じっとアネットを見つめていた。
 アネットはにっこり微笑むと本に目を戻した。
 子うさぎは悩む。もはや子うさぎに家族はいない。
 優しいお父さんも、おいしい料理を作ってくれたお母さんも。
 でも、自分の生まれた国を、家族が眠るこの地を離れたくはない。だけど…。
 天使の言葉が心に響く。
 そしてお母さんの最後の言葉を思い出す。
「わたしたちの分も幸せになって」──。子うさぎはついに決心する。
「『ぼくはいこう。ぼくのために。しあわせの国をさがしにいこう』そうして子うさぎは北へ向かって旅立ちました」
 行く手には沢山の困難が子うさぎを待ち構えているだろう。だが子うさぎは進む。
「いつかきっとたどりつけると信じて。家族のために、そして多くの癒されない魂のために。平和な国を求めて。そこに行けば、きっとわかる。自分たちに欠けていたものが。自分たちの国に戦があった理由が。どうして自分たちは幸せになれなかったのか。どうすればみんなが幸せに生きていけるのか。きっときっとわかるはず。子うさぎが空を見上げると、虹がかかっていました。まるで子うさぎの未来を祈るように。」
 最後のページには表紙と同じ色の空に、虹がかかっている。

虹  大きな虹が。そしてその下で背を向け歩く子うさぎの姿が描かれている。
 そこで物語は終わっていた。
「子うさぎは…『しあわせの国』にたどりつけた?」
 シスヤが口を開いた。
 三人でシスヤとここで会ったあの日から決して口を開こうとしなかったシスヤが、ようやく口を開いたのだ。
 アネットは心の動揺を隠して努めて普通ににっこりと微笑んだ。
「あなたはどう思う?」
「おれは…」
 シスヤは一度俯き、言葉を探すようにしばらくその口を閉じた。しかし、やがてまた顔を上げると真っ直ぐにアネットの瞳を見つめてこう言った。
「おれは子うさぎを…信じたい」
 そう、そうね、とアネットはシスヤの言葉に驚きながら、絵本を閉じた。
「シスヤは知っている? 本当に『しあわせの国』があるってこと」
 シスヤの瞳が大きく見開かれた。
「あるのか?」
「ええ。この絵本で描かれている『しあわせの国』っていうのは、本当にあると言われているのよ。リクウェアっていう国なの。聞いたこと、ない?」
 シスヤは首を振る。
「聞いたことない。どんな国?」
「戦のない国。そして緑にあふれた自然豊かな国」
「そんな国、あるのか?」
 アネットは首から下げていたロケットを開いて見せた。
 銀色の楕円形のロケットの中には一枚の絵が入れられていた。
 美しい緑。そして澄んだ青い湖。この国にだって、かつてはこんな光景があったはず。だけど、今は永遠に失われてしまったそんな景色。
 それは、ある詩人が描いたと言われる絵だった。
 リクウェアという遠い異国の絵。そこには戦もなく、人々は自然と共に生きているという。そんな国が世界のどこかにあると言い伝えられている。
「この絵を描いた詩人はね、リクウェアに行ったと言われているわ」
 彼はリクウェアを訪れた。そこで見てきた景色を絵にし、そして再び戻ってきたと。
 あくまでもそう言われているだけで、本当にその詩人とやらが存在したかも定かではない。
 だが──
「絵があるなら…」
「ある?リクウェアは」
 アネットはこくりと頷く。
「きっとあるわ。わたしの夢は、そこに行くことだもの」
 おれでも行けるかな、シスヤは呟いた。
 アネットの顔に笑みが溢れる。
「行けるわ。あなたもわたしもきっと…」
 
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