蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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 そして四日目──。
「でも…どうしていつまでも地下室に入れておくの?あれじゃ、かわいそうだわ」
「だな」
 二人の意見に、クイントは閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
 朝食が終わったあと、タキトとアネットが、いつまでシスヤを地下室に入れておくのかと抗議を始めたのである。
 居間で椅子に腰掛けクイントはじっと、二人の言葉に耳を傾けていた。反論をしようとはしない。だが、おもむろに口を開いたと思っても言うことは「だめだ」。
 理由も言おうとはしないクイントに、二人はいらいらし始めていた。
「──いや…、まだだ」
「クイントッ」
「だめだ」
 窓の外を見たまま口強に言い放つ。
 アネットに対して、ここまで強硬な態度を保つクイントも珍しい。いつになくカリカリしているようだ。
 そんなに神経を尖らせる必要がなぜある?そう考えて、タキトはふと思い当たることがあった。
(ひょっとしたら…)
 思い合わせ、それと同時にぷっと吹き出した。
「──なあに?」
 突然笑いだしたタキトに訝しげな視線を向ける。
「いや…悪い…」
 タキトは笑い続ける。
 ぶすっとしているクイントを見ると、ますます笑いがこみ上げてきて堪らない。
 どこまでも不器用なのだ、こいつは。説明をすれば、アネットにも納得してもらえるのに。たった一言が言えずに、こいつは自分たちの反感を買っている。本当に不器用なやつなんだ。
「変なタキト」
「いやいや…」
 タキトはスウと大きく深呼吸すると、クイントに顔を近づけた。

「言葉にしなくては、伝わらないこともあるってことをご存じですか、クイントさん」
 ぎょろりと横目を使うと、そこにはニィッと笑うタキトの顔がある。
「──別に伝わらんでもいい」
「おやおや…」
「二人で内緒話?」
 ずるいわ、とアネットは拗ねてみせる。
「いやいや、違う違う」
楽しいなー…コイツからかうと

 タキトは顔の前で手を振る。そうして、今度はアネットに顔近づけると、
「こいつ、照れくさいんだよ」
 と、囁いた。
「照れ…くさい?」
 大きく目を見開き、クイントを見る。
「クイントが?」
「そ」
 ぷっと今度はアネットが吹き出す。
 そんなアネットを見て、今度はクイントが怪訝にアネットに目をやり、次いでタキトに視線の先を移した。
「何を言った?」
「真実をお教えしたんです」
 ニヤッと意地悪く笑う。
「クイントさんは、『シスヤ君のことが心配だ』とは照れくさくって言えないのであります」
「!」
 クイントはぎょっとしてタキトを凝視する。
「違う?」
 うっと、言葉に詰まる。
「図星、みたいね」
 さっきは大声だしてごめんなさい、とアネットが謝った。
「アネットが謝ることなんでないんだよ。こいつがはっきり言わないのが悪い」
 むくれているクイントの頬を人指し指で突っ付く。
 「シスヤが心配」──もし、シスヤがどこかの軍から脱走してきた者だったとしたら?
 今はまだシスヤが自らのことを語ろうとしないから、断定はできない。だが、万が一にも脱走してきた者だったとしたら…。そう考えてクイントは地下室にシスヤを入れたのである。
「あの時のこと…?」
 クイントの瞳が硬直する。
 今から一年ほど前の話である。
 ちょうど今回のシスヤのように、脱走してきた少女がいた。
 黒目がちの瞳を持つ一三、四の少女だった。
 少女はこの村に助けを求めた。軍にいるのが堪えられなくなって、家族に会いたくて、だから自分が逃げてきたのだ、と少女は訴えた。
 彼女をどうすべきか。軍を脱走した者をテ助けしたことがばれれば、この村もただではすまないかもしれない。かといって、嫌がる少女を軍に引き渡すような真似もできない。夜更けまでかかった話し合いの結果、村人たちはその晩の温かい寝床を少女に提供し、少女の故郷までの地図と、食糧を与えた。そうして、少女が翌日、期待に胸を踊らせながら村を発とうとした時──。
「──同じことを繰り返したくはない…か」
 タキトがふうとため息をつく。
 裏切り者には容赦しない。それがあいつたちのやり方だ。
 ここで、シスヤを自由にしてしまったら、また同じことの繰り返しだ。しかも、前回はこの村が無事だったからまだよかった。だが、今回も無事にすむとは限らない。だから、いま少し様子を見る必要がある。シスヤを守るために。そして、この村を守るために。
「わかったわ…」
 アネットはゆっくりと立ち上がる。
「──行きたいの。下までいいかしら?」
 クイントは黙ってアネットに従う。台所へ行き、母からシスヤのための食事を入れたバスケットを受け取ると、居間に戻る。
 アネットは一冊の絵本を手に、クイントを待っていた。
「これも、入れてくれる?」
 バスケットを開き、受け取った絵本をその中に入れた。
「あ、タキト、母さんが呼んでる」
 思い出したように、母からの伝言を伝える。何でもタキトにやってもらいたいことがあるとか何とか…。
 どうせジャガイモの皮むきだろう、とクイントは思った。何故か、タキトは野菜の皮むきが得意なのである。本人もそれを嫌がることはなく、自ら進んで皮むきを買って出ることも多かった。
「ほいほい。じゃあ、アネット、あとよろしくな」
 タキトはよっこらしょ、と立ち上がると、ニシアの待つ台所へと向かっていった。どうやら本人もニシアに呼ばれた理由が分かっているらしい。
 アネットは傍らに置いてあった松葉杖を使い、力を入れて立ち上がった。クイントの後について地下室へと下りてゆく。
 アネットが無事、階段を下りきったところで、クイントはガチャリと鍵をあけた。
「ありがとう。あとはいいわ」
 アネットはバスケットを受け取ると、クイントが開けてやっている扉の中へと入っていった。
「昼にまた来る」
 そう言い残してクイントは再び扉を閉じた。外側から鍵を掛ける。
 この三日間、アネットは朝食を運んでからは、ずっとシスヤの側に腰を下ろしていた。
 とりとめのない会話、いや会話ではない。話をしているのはアネットだけなのだから。
 今日も一日、シスヤの側で話をし続けるつもりでアネットは来ていた。
「おはよう」
 パンとミルクを入れてきたバスケットを床に置く。
 その中からミルクを取り出すとシスヤに差し出す。そしてパンも。シスヤは何も言わずにそれを受け取ると、おもむろに食べはじめた。
 疲れ果てた横顔。土気色の顔。異常なほど細い手足。そして、目を覆いたくなるようなあざのあと──。
 アネットは心がきゅっと締めつけられた。
 まだこんなに幼いのに。
 クイントたちも、このシスヤと同じくらいの年から武器を手に村を守るため戦場に赴いていた。決して終わることのない繰り返しの時。
 幼い者が大きくなり、さらに幼い者に武器の扱いを教える。そしてその幼い者が大きくなり…。
 尽きることがない。いつまでもいつまでも、そういった「とき」が続く。
 決してこの時の流れから逃れることはできない──のだろうか…。
 アネットは自分の考えを断ち切るように、強く首を振った。
 そんなことはない。きっとこの「とき」の流れはいつか変わる。いや、変えてみせる。自分たちがきっと。
 アネットはバスケットの中から一冊の本を取り出す。
 大切にしている一冊の絵本。
 表紙は真っ青な空の色だ。その空を一匹の子うさぎが見上げている。『まぼろしのくにをもとめて』真っ青な空に、虹色でそう題名が描かれていた。
 アネットはシスヤの横に並んで座ると、絵本を広げる。
 戦の絶えない国に生まれた子うさぎが、幸せを求めて旅立つ、というのが大まかな筋である。

 
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