蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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「みんな、いつかは殺されるんだ」
 シスヤは呟いた。
 自分の呟いた言葉に、心がぎゅっと締めつけられた。
 その狂気に殺される日が、近づいていることを少年は感じていた。
 明日? それとも今日か? どちらにしろ、自分の行き先には「死」という真っ暗な闇が、大口をあけて待っている。
 せっかく外に出られたのに。ようやく帰れると思ったのに。やっと逃げ出せたと思ったのに。村になんか入らなければよかった……
 ここが敵の村だったら、まず自分は殺されるだろう。
 だが、敵の村でなかったとしたら──? それでも、やはり自分が殺されるであろうことは容易に想像がつく。逃げ出した者がたどる末路は、「死」だけなのだから。
 今までだって、何人もの仲間が逃げ出そうと試みた。その度に、連れ戻され、みんなが見ている前で殺されたんだ。
 今度は自分の番なのだろうか…。
 自分の浅はかな行動を後悔しても後悔しきれない。
「おはよう」
 不意に鍵が開けられ、少女がひとり入ってきた。後ろには少年が二人ついて来ている。
 少女は昨日、自分が銃を撃ち放った相手だと、松葉杖を見てわかった。白い透き通るような肌に、亜麻色のウェーブのかかった長い髪。優しげな瞳に、ほんのりと赤みのかかる頬。茶色の上下に、肩には白のストールを羽織っていた。コツンコツンと歩くたびにふわりと髪が揺れた。
 後ろの少年のうち、黒髪の目つきの悪いひとりは昨夜、食事を持ってきた者だとわかった。髪は短くもなく、長くもない。そして髪と同じ漆黒の瞳。無愛想に口を結んでいる。
 もうひとりの長い茶色の髪をした方は初めて見る顔かもしれない。黒髪の少年とは異なり、こちらは口もとにも瞳にも陽気さを漂わせていた。
 三人とも自分よりは二つ三つ年上のように見えた。黒髪の少年だけは、もう少し年上に見えないこともない。
 昨日の少年が自分の前にパンとミルクを置く。そして、昨夜の食事を入れてきた食器が空になっているのを見ると、
「よし、食ったな」
 と満足そうに頷いた。
「名前は?」
 少女は自分の目の前に座り込んだ。一寸躊躇ったあと、口を開く。
「──シスヤ」
「わたしは、アネット。よろしくね」
 よろしく、だなんて変な奴だ、とシスヤは思った。自分を傷つけた人間をつかまえて、よろしくも何もないだろう。
 だが、アネットはそんなことはまるで構わぬように、話しかける。
「この人がクイント」
 漆黒の髪に、髪と同じ漆黒の瞳を持つ先程の少年をそう紹介する。
「そして、この人がタキト」
 残りのひとりが紹介されると、アネットと同じように自分の前に腰を下ろした。
「おまえ、どこから来た?」
 遂に来た、シスヤはそう思った。
 いよいよ審判が下されるその時がきたのだ。
 シスヤは黙りこくる。
 ふいに身体が震えだした。ぐっと全身に力を入れ、その震えを止めようとしたが、震えは止まらない。
「あら…寒い?」
 アネットがそんなシスヤを見て、間抜けなことを聞いてきた。
「毛布、もっといるかしら…」
「そろそろ冷えてきたからなあ」
「風邪でもひいた?」
 アネットの白い手がすっと伸びてき、シスヤのおでこに当てられた。
「熱はないみたいね」
「──おまえらな…」
 呆れたようにクイントがアネットとタキトの横に腰を下ろす。
「昨日の勢いはどうした?」
 シスヤはクイントの言葉にキッとなって顔を上げた。
 殺せ、殺すならさっさと殺せ、シスヤは小さな声で呟いた。
 アネットが顔をしかめる。
「そんなこと、口にしちゃだめよ」
「どうせ殺されるなら、さっさと殺されたほうがましだっ」
 シスヤは叫ぶ。

タキト 「こらこら挑発してどーする」
 タキトは、何か言いたげにしているクイントをさがらせると、ずいと一歩詰め寄った。
「おれたちは、何もおまえさんを取って食ったりはしない。ただな、おまえさんがどこから来て、どこへいくつもりなのか、それからいったいおまえさんは何なのかを教えてくれないと、おれたちとしてはどーしようもないわけ」
 タキトはできるだけ陽気に言った。
 しかし、シスヤはうつむいたままだった。聞いているのか聞いていないのか、それもわからない。
「何も言わないと、いつまでもここにいれておくしかないんだけど?」
「脅迫ね、まるで」
 アネットが少し怒って見せた。
「脅迫はだめよ」
「きょーはくう?」
「そうじゃない」
「そんなつもりないんだけど」
「ただでさえ怯えている小鳥に、歌わないと餌をやらないって言っているのと同じだわ」
 はあ、そうですかね、とタキトは溜め息をつく。
 こうなってはアネットにはかなわない。タキトはおとなしく口をつぐんだ。
 とりあえず、とアネットは食事をシスヤの前に差し出す。
「あなたが今しなくてはならないのは、この食事を食べること。残らずよ?」
 そして、クイントの方を振り返り見た。
 クイントはタキトに言われてからは口を挟むこともなく、壁にもたれたまま、事の成り行きをじっと見守っていた。
「あとはわたしとシスヤだけにしてくれる?」
 クイントはアネットがそう言いだすだろうとは思っていたので、おどろくこともせず、ただアネットの瞳をまっすぐに見返した。
「おいおい…」
「三対一では不公平だわ」
「あのねー」
「大丈夫だから」
 タキトにではなく、クイントに向かって言う。にっこりと微笑んで。
 クイントはアネットのその答えに「そうか」とだけ言うと、立ち上がった。
 タキトの方は、と言うと、ことの展開についていけず、口をぱくぱくしながら両者を交互に見比べている。
「行くぞ」
 立ち上がらないタキトの襟首をつかみ、ぐいと引っ立てる。そのまま引っ張って外へ出た。
 くすくすと笑いながらアネットが手を振って二人を見送る。
 クイントは地下室を出ると、そこで手を放した。
「おい、いいのか?」
 落ち着きを取り戻したタキトがクイントの後ろを歩きながら問う。
「何が?」
「何が、じゃねーよ」
 タキトは溜め息をつく。
「あいつとアネットをふたりっきりにしていいのか?」
「大丈夫だろ」
 あっさりと事も無げにクイントは言った。
「何でそう思う?」
「アネットが言っただろう。大丈夫、って」
 ああ、と大げさにタキトは目を覆った。
 全くこいつらは、と思ってしまう。何を考えているのか分からない。クイントも、アネットも。
「あいつは、アネットを傷つけたんだぞ」
「武器はもう持っていない」
「アネットは動けないんだぞ」
「動けないと言っても、一人で階段を上ることはできる。それが出来なければ、おれを呼ぶだろう」
「じゃなくてだね」
「話をするだけだ。動く必要はない」
「──」
 ひとしきり問答をしたあと、タキトは最後にとびきり意地悪な質問をクイントに投げかけた。
「心配じゃないの、お前」
「──」
 クイントは口をつぐむ。
 心配じゃないわけがない。それはタキトも分かっている。ただ、それなのに、アネットを一人置いてきたクイントの心が分からなかったのだ。
 黙ってしまったクイントを見て、それみたことか、とタキトは内心思った。
 しかし、次の瞬間クイントの口から出た言葉は、タキトにとって意外なものであった。
「──あいつなら心配はない」
 信じているから、とクイントは言い足した。
 そう。アネットが大丈夫、と言うときは、大抵、その裏に「わたしを信じて」という意味が含まれている。
 わたしを信じて。
 わたしなら大丈夫──
 そう言ったときのあいつは強い。そして、必ずやってのける。
「それに──」
 クイントは眉をひそめた。
「おれたちがあいつの口を開かせることができると思うか?」
 今度はタキトが黙る。
「そういうことだ」
「──だな…」
 笑いがこみ上げてくる。
 なんだか妙に納得させられてしまった。
 確かに自分たちがいても、シスヤは決して口を開くことはないだろう。反発心を強めるだけだ。それに、アネットが言ったように、やはり三対一はフェアじゃない。
 ここはアネットに任せるしかないな、とタキトは笑った。
 
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