蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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「食事だ」
「──」
 少年は上目づかいでクイントを睨んだ。
「毒なんて入ってないわよ」
「──いらない」
 アネットの言葉に、小さなかすれた声が返ってきた。
「食わないと、もたないぞ」
「──さっさと殺せよ」
 クイントは小さくため息をつくと、立ち上がった。そして、アネットの肩を押すと歩きだす。
「あ…」

シスヤ  それを見た少年が顔をあげ、何かを言いかけた。
「?」
 アネットが振り返り少年を見る。だが、少年はアネットと目が合うと、プイと視線を逸らしてしまった。
「どうした?行くぞ」
 クイントはアネットを先に行かせると、扉を閉める間際に一言こう言った。
「おやすみ」
 バタンとドアの閉まる音と、外で鍵をかける音が聞こえた。次第に二人の足音が遠ざかってゆく。

 再び静かなときが戻った。床に置かれたランプの炎がちらちらと揺れる。
 少年はクイントたちが来る前と同じようにひざを抱え、スープからたつ湯気をじっと見つめていた。

 

 朝、クイントが目を覚まして台所へ行くと、既にタキトが来ていた。傍らではアネットが紅茶を入れている。
「いいご身分だな。こんな時間まで」
「──こんな朝早くから、何しにきた」
 クイントは窓の外に目をやる。朝日にきらきらと輝く緑が見える。半分開けられた窓からは、風と共に鳥のさえずりも入ってきていた。
 こうしていると、平和そのものだ。
 今、戦が行われているということなど忘れてしまうほどに。いつ、この村も戦火に焼かれるか分からないという状態なのに。
「いや、どうなったかなあと思って」
 タキトはアネットが入れてくれた紅茶を口に運びながらにっと笑った。
「おまえな…」
「それに──」
「?」
「あいつのこと気にならねえか?」
 気になるからきたのだろうに、とクイントはひとりごちる。
「いや、そういう意味じゃなくて、あいつ、なんか変だ」
「──そうね」
 アネットもタキトの意見に同意する。
 初めは軍の少年兵たちが村を襲ってきたのかと思った。過去にもそういうことが何度かあったからだ。
 だが、少年兵ではなかった。彼はひとりだったのだ。ひとりで銃を手にこの村にやってきた。
 正確に言えば、この家の庭に潜んでいたのをアネットが見つけたがために、銃をアネットにぶっ放したというのが正しい。
 何が目的でこの村に?なぜひとりで?
 常識から考えても、少年兵たちがひとりで行動することは考えられない。ましてやひとりで村を襲うなんてことは自殺行為に近い。
 なのに、彼はひとりでこの村に来た。
 ひょっとしたら…
「脱走…兵?」
 クイントの心にはっとそんな言葉が浮かんだ。
「だろうな」
 タキトはあっさりとそれを肯定する。
「中央側か、それとも反中央側かどっちかはわからないけどな。多分、ありゃ脱走兵だろうな」
 少年は銃を持っていた。
 それだけで、軍に所属していたということは一目瞭然だ。
 なぜなら、このトルキアにおいて、銃は大変貴重なもので、一般の民がそう簡単に手に入れることができるものではないからだ。
 クイントたちにしてもそうだ。
 武器は主に剣か弓を用いる。ときどき戦闘で軍の落としていった銃を手に入れるこもできたが、それでも数は少ない。
 このシクサ村は、トルキアの首都カサクダから北へ百五十キロほどいったところにある小さな農村だった。特にこれといった特産物もなく、人々は畑で自分たちの食べる物をつくる自給自足の暮らしをしている。
 だが、近頃、戦闘が激しくなってきた。それは、シクサ村にも影響を与えていた。
 今までは中央軍に兵士として男たちが徴兵されていっていた。それがここ数年変わっていった。最近では中央軍も反中央軍も関係なくなっているのだ。彼らは自分たちの欲望を満たすために村々を襲う。生活の糧を奪うために。
 クイントたちが武器を手にする理由は、ここにある。それから村を守るのがクイントたちの使命だった。これ以上何も奪われないようにするために。
 村を守るため。自分たちの命を守るため。そのために、周囲の村と結託し、自分たちの生活が脅かされる心配が出たとき、初めて武器を手にするようになっていた。
「銃を持ったまま脱走したとなると、ただじゃすまないよな」
 呑気に紅茶をごくりと飲んでいるタキトに対し、クイントは絶句したままだ。
「見つかれば、あいつは連れ戻される。あいつを匿った罪でおれたちもただじゃすまないよなあ」
「クイント?」
「──ああ…」
「どうするの?」
 アネットの問いに、クイントはタキトを見やる。
 クイントのSOSのサインと見て、タキトは立ち上がる。
「とりあえず、少年くんを尋問するしかないでしょ」
 少年が本当に脱走兵なのか、まずはそれを確かめねばなるまい。
 すべては、それからだ──。
 前夜、真っ暗な牢のなかで少年は大きな不安と恐怖を抱え、一人震えていた。
 今後の自分の運命を思うと頭のなかが真っ白になる。
 明日のこの時間、自分は生きているのだろうか。それとも…。ああ、こんなことを考えもきりがない。ますます恐怖の思いが大きくなるだけだ。
 自分にはもう覚悟が出来ている。この村に来る前に、いやもっと昔から自分の命などとうに無いものとして考えてきていた。
 こんな命など惜しくはない──そう思って生きていたはずではないか。それなのに、この後に及んでなにをこんなに恐れるのだ。
 選ぶことができない未来。自分の将来さえ、自分の思うままにはならない。自分で選ぶことができない。そんな国に生まれてしまった自分を、いまさら悔やんでもどうしようもないのだ。この国に、いや、この星に、この時代に生まれてしまった自分は、運が悪かったと諦めるより他にない。
〈それに──〉
 そう、たとえ他の時代に生まれたとしても、自分が幸せになれるという保証はない。そして、他の国に生まれたとしても。
 なぜなら、今、この世界自体が、戦争という狂気に支配されているのだから。その狂気にいつかは殺されるのだ。ただ、人によって、その時期が異なるだけだ。

 
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