蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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1

「ねえ、これあの子に持っていってもいいかしら…」
 夕食の途中、アネットは食事をする手を置き、自分の皿を持ち上げた。
 ほとんど手の付けられていない皿を見て、クイントはアネットをとがめた。
「自分の分は自分で食べろよ」
「でも…」
「アネットだろ、夕食抜きにするって決めたのは」
「でもね…」
 困っている様子のアネットをニシアはにやにやしながら見ている。
 だが、クイントはそれきり何も言わず、黙々と自分の分を平らげた。
「いいんだよ、それはアネットの分さ」
「おばさま…」
 そこでニシアは声をひそめて言った。
「あの子の分はちゃんと取ってあるよ」
「え?」
「タキトが帰っちまった分、余計に残っているんだ。それに──」
「母さん、余計なことは言わないほうがいいってこともあるんだ」
「何いってんだい。いっちょまえに恰好付けちまって」
「──なんなの?」
「何でもない」
 クイントはぶすっとして答える。
 そのとき、アネットはクイントの食べる量がいつもより少ないことに気づいた。
(ああ、そうか。クイントが自分の分をあの子に回したんだわ)
 アネットは一人くすりと笑うと、自分の分を安心して食べた。
 本当ならここで自分の分も少年に回してやりたいところである。が、そうしてしまってはクイントがしたことの意味が無くなってしまうような気がした。
「御馳走さま」
 先に食べおわったクイントが席を立つ。
「行儀の悪い子だね。最後の人が食べおわるまで席についているってのが、礼儀だろ」
「早くあいつに持っていってやらないといけないだろ。かなり疲れ切っていたようだから。早く食べさせて、早く寝させてやった方がいいだろう」
「そうだね、じゃあ行っておやり」
「待って、クイント」
「ん?」
 アネットは自分の事を指さした。
「わたしも行くわ」
「なに言ってんだ。あいつは気が立っていて凄い勢いだぞ」
「だったら、なおさらあなた一人には任せておけないわ」
 にっこり笑顔を浮かべるアネットにクイントは従わざるを得なかった。
 なにしろ、アネットの言うとおり、自分は正直言って母の言うとおり無愛想である。そのため誤解もなぜか受けやすい。まして、初対面の者にはいい印象を与えるとも思えないこの性格。そして、普段のアネットの子どもたちに慕われている状況から判断して、ここはアネットのほうが適任と言われても、何も言い返すことはできない。
 アネットの幼い者たちに向ける温かい心は限りないものであった。アネットに逆らう子どもなど少なくともこの村のなかにはいないだろう。
 クイントも子どもたちに慕われているのは事実であるが、いつもぶすっとしているクイントより、いつも満面に笑顔を浮かべ、笑顔で接してくれているアネットのほうが子どもたちが簡単になついた。
 簡単に言ってしまえば、クイントに子どもたちがなつくまでには時間がかかるということだ。
「御馳走さまでした。おいしかったわ。おばさま」
「お粗末さま」
「今日はいつもより御馳走だったもの…」
 アネットの言葉にニシアは照れくさそうに笑った。
「あんな子でもわたしの大切なひとり息子だからね。帰ってきたときくらい美味しいものを食べさせてやりたいってのが、親心ってね」
「おい、アネット、早く行くぞ」
 クイントが台所から食事を持って現れた。
 アネットは松葉杖を持ち、立ち上がる。
「クイント」
 地下へ行こうとしたクイントにニシアが声をかけた。
「?」
「さっきは悪かったね。あたし、どうかしていた…」
 どうやら母はクイントが帰ってきたときに、クイントに対して怒鳴ったことを後悔しているらしい。
「──気にしてない」
 クイントは母に向かって微笑むと、ドアの前で待つアネットと共に地下へと下りていった。
 先にクイントが立ち、その後にアネットが続く。
 真っ暗な地下へ続く階段の壁には、小さなろうそくが等間隔で燈されていた。おそらく先程クイントが付けたものであろう。
 二十段ばかりの階段ではあったが、足が不自由となってみると、階段をおりるということは結構厄介なものだと感じる。
 アネットに対し声こそかけないクイントではあったが、ときどき後ろを振り返っては、アネットの様子を見る。
 よそ見ばかりしているクイントを見て、足を滑らせ貴重な食事を引っ繰り返しやしないかと、アネットは反対にはらはらさせられた。
 階段をおりた二人は、頑丈な鉄の扉を開けた。
 中はランプを灯しているせいか、比較的明るい。
 六メートル四方の部屋。
 いつかくるかもしれない身の危険が迫る日のために造られたその部屋には、折りたたみ式の簡易ベッドが三つと、その他生活に必要なものが箱に入れられ山積みにされている。洗面所もきちんと備えつけられていた。ここに居すわっても一人なら数週間は過ごすことができるだろう。
 実を言えば部屋には隠し扉があり、そこから外へ脱出することも可能なのだが、普段は頑丈な鍵がかけられている。しかも、ちょっとした目にはそこに扉があることは分からない。
 壁のある部分を何箇所か押すと、それまで壁と思われた部分がすっと開くという仕掛けになっているためだ。しかも、その先にはやはり同様の扉が幾つもある。外側から開くことも可能ではあるが、その為には、鍵が必要であった。さらに、幾つか突起があり、それを正しい順番に押さなくてはならない。
 鍵だけでもだめ。押す順番を知っているだけでもだめ。両方がそろって初めて扉は開くのだ。内側から開けるにしても、外側から開けるにしても。
 そんな部屋のなかで、奥の端に縮こまって座っている少年をクイントは見つけると、ずんずんと近寄り、床に食事を置いた。

 
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