夕食の支度に取りかかっていたニシアが、音を聞いて台所から顔を出した。
いつもならたいてい食事はこの家で済ませていく。もちろん今日もそのつもりでニシアは食事の用意をしていたのだ。
「食べていけばいいのに……」
「おれとクイント二人でおばさんたちの分も食っちまいますよ。──今日だけは、遠慮しておきます」
「──いくらなんても一人は寂しいじゃないかい」
「いや、大丈夫です。それに……」
タキトは床を指さした。
「今日から新しいお客さんの分もいるでしょ?今晩くらいはおれも帰りますよ」
「そうかい──ほら、これ持っていきな」
ニシアはそういって紙包みを渡した。
「?」
ニシアはタキトに耳打ちした。
「米が手に入ったんでね──ちょっとだけど……」
「どうも」
「なあに、いつもうちのクイントが世話になってるからね。無愛想で、素直じゃなくって我が息子とも思えぬほど美しくもなく……」
「──誰が無愛想で素直じゃないって?」
「あーれ、クイントいたんかい」
おどけてみせるニシアを横目で睨み、クイントはタキトにポケットから木の実を取り出した。
幼いころから遊びに行くと、いつもこの木の実を探してはかじっていた。すこし苦みがあるが、歯ごたえが何ともいい。子供たちの大好物でもあり、タキトやクイントも好んでよく口にしているものであった。
その小さな木の実たちがタキトの手に渡される。
「今日、丘で拾ったんだ。この村には、もうあそこしかまともな緑なんて残っちゃいないもんな」
「サンキュ」
「気をつけて帰れよ」
「ああ……」
パタンと扉が閉じ、家のなかには三人が残った。
「いいの?おばさま……」
「お墓の掃除は午前中にやっておいたし、それに──」
「それに……?」
「──こういう日はね、一人になりたいもんだよ」
クイントは暖炉の上に立てかけてある写真をじっと見た。
まだ幼い自分と、父、母、アネットとその両親、そしてタキトとタキトの両親がその写真の中で笑っている。
幾度かの軍による襲撃で昔の写真は殆ど焼けてしまった。今ではこれ一枚きりである。
本当はいたはずのクイントの兄の姿はそこにはなかった。
アネットはもうほとんど覚えていない。ただ一つだけ覚えていることがある。
クイントと同じ漆黒の髪をなびかせ走り寄る。泣いている自分の頭をなで涙をぬぐってくれた温かい手──。
アネットは「そうね」と呟いた。
タキトの気持ちがよくわかる。
アネットも幼いころ、両親をこの戦争で失った。
母親は軍の襲撃からアネットを守ろうとして、盾になり命を失ってしまった。父親は戦場に出ていったまま二度と生きて帰っては来なかった。
両親をほぼ同時に失ったアネットは毎日泣きつづけた。
クイントの家に引き取られてからも、夜な夜な泣くアネットにさすがのニシアもほとほと困り果てた。
そんなアネットにずっと黙っていたクイントが一言いったのだ。
いつまでも泣いていて、お前の母さんや父さんが戻ってくるなら、おれも一緒に泣いてやる、と──。
泣いていたってどうにもならない。それより、これから自分がしなくてはならないことを考えるべきだ、アネットはクイントの一言でそう考え直した。
もう泣くのはやめよう。
泣く気力があるなら、今を一生懸命生きよう。
(それに、わたしにはこんなにも優しい人達がまわりにいる……)
そして、アネットは今まで生きてこられた。
この温かい人達の心に支えられて……。
いつか、今度は自分がクイントたちの心の支えに成りたいと願いながら、アネットは写真の中の幼い自分を見つめていた。
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