蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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「勝手にしろ」
「そうか、じゃあそうさせてもらう」
 ひょいと少年の身体を担ぎ、クイントは家の中へと入るために扉を開けた。
「待って、クイントッ」
 呼び止めるアネットの言葉など聞こえないかのように、クイントは構わず「地下牢」へと少年と共に姿を消した。
「大丈夫だって。ただの地下室じゃねえか。しかも、あんな茶地っぽい鍵なんか付けてても、おれなら針金一本で出られるぜ」
「そんなことできるの、あなたくらいよ」
「それに──自分のやったことに気づくまで、ああしておくのが一番だと思うけど。お仕置きってな。違うか?アネット」
「──自分のやったことに気づくものかしら?あの子は自分がしたことが悪いことだって分かるのかしら?」
「──分かるさ、人間なら……」
 タキトはフッと笑うと、アネットをひょいと抱き上げ、家の中に運んだ。
 アネットを椅子に座らせると、タキトはシニアのいる方に向かって叫ぶ。
「おばさーん!しっかりアネットのことみてねえと、このお嬢さん、何をしでかすかわかんねえぜ」
 松葉杖をアネットが腰掛けている椅子の傍らに立てかけた。
「じゃあ、おれ帰るわ」
「帰ってしまうの?」
 寂しげな顔をするアネットの額をピンと指で弾き、タキトは笑った。
「そんな顔すんなよ。久しぶりにクイントに会えたんだ。話したいことも山ほどあるんだろ。邪魔者は去る、ってね」
「邪魔者だなんて……」
「うそだよ。ほら……今日は……」
 急に声が小さくなる。
 アネットはしまったと後悔した。
「ごめんなさい……」
「謝ることなんてねえよ」
 そんなタキトの姿を見て、アネットは思い出したように、暖炉の上を指さした。
「あそこにあるお花、今日の朝庭で摘んだの。持っていって……」

「そっか……お袋も喜ぶよ」
「おじさまの方にも──」
「ああ……ありがとうな」
 コスモスを花瓶からとる。薄いピンク色や、赤に近い濃いピンク色をした可憐なコスモスだった。大事そうにそれを持つと、ギイとドアを開けた。カランカランと扉に付けられたベルが鳴った。
「なんだい、帰るのかい?」
コスモス
 夕食の支度に取りかかっていたニシアが、音を聞いて台所から顔を出した。
 いつもならたいてい食事はこの家で済ませていく。もちろん今日もそのつもりでニシアは食事の用意をしていたのだ。
「食べていけばいいのに……」
「おれとクイント二人でおばさんたちの分も食っちまいますよ。──今日だけは、遠慮しておきます」
「──いくらなんても一人は寂しいじゃないかい」
「いや、大丈夫です。それに……」
 タキトは床を指さした。
「今日から新しいお客さんの分もいるでしょ?今晩くらいはおれも帰りますよ」
「そうかい──ほら、これ持っていきな」
 ニシアはそういって紙包みを渡した。
「?」
 ニシアはタキトに耳打ちした。
「米が手に入ったんでね──ちょっとだけど……」
「どうも」
「なあに、いつもうちのクイントが世話になってるからね。無愛想で、素直じゃなくって我が息子とも思えぬほど美しくもなく……」
「──誰が無愛想で素直じゃないって?」
「あーれ、クイントいたんかい」
 おどけてみせるニシアを横目で睨み、クイントはタキトにポケットから木の実を取り出した。
 幼いころから遊びに行くと、いつもこの木の実を探してはかじっていた。すこし苦みがあるが、歯ごたえが何ともいい。子供たちの大好物でもあり、タキトやクイントも好んでよく口にしているものであった。
 その小さな木の実たちがタキトの手に渡される。
「今日、丘で拾ったんだ。この村には、もうあそこしかまともな緑なんて残っちゃいないもんな」
「サンキュ」
「気をつけて帰れよ」
「ああ……」
 パタンと扉が閉じ、家のなかには三人が残った。
「いいの?おばさま……」
「お墓の掃除は午前中にやっておいたし、それに──」
「それに……?」
「──こういう日はね、一人になりたいもんだよ」
 クイントは暖炉の上に立てかけてある写真をじっと見た。
 まだ幼い自分と、父、母、アネットとその両親、そしてタキトとタキトの両親がその写真の中で笑っている。
 幾度かの軍による襲撃で昔の写真は殆ど焼けてしまった。今ではこれ一枚きりである。
 本当はいたはずのクイントの兄の姿はそこにはなかった。
 アネットはもうほとんど覚えていない。ただ一つだけ覚えていることがある。
 クイントと同じ漆黒の髪をなびかせ走り寄る。泣いている自分の頭をなで涙をぬぐってくれた温かい手──。
 アネットは「そうね」と呟いた。
 タキトの気持ちがよくわかる。
 アネットも幼いころ、両親をこの戦争で失った。
 母親は軍の襲撃からアネットを守ろうとして、盾になり命を失ってしまった。父親は戦場に出ていったまま二度と生きて帰っては来なかった。
 両親をほぼ同時に失ったアネットは毎日泣きつづけた。
 クイントの家に引き取られてからも、夜な夜な泣くアネットにさすがのニシアもほとほと困り果てた。
 そんなアネットにずっと黙っていたクイントが一言いったのだ。
 いつまでも泣いていて、お前の母さんや父さんが戻ってくるなら、おれも一緒に泣いてやる、と──。
 泣いていたってどうにもならない。それより、これから自分がしなくてはならないことを考えるべきだ、アネットはクイントの一言でそう考え直した。
 もう泣くのはやめよう。
 泣く気力があるなら、今を一生懸命生きよう。
(それに、わたしにはこんなにも優しい人達がまわりにいる……)
 そして、アネットは今まで生きてこられた。
 この温かい人達の心に支えられて……。
 いつか、今度は自分がクイントたちの心の支えに成りたいと願いながら、アネットは写真の中の幼い自分を見つめていた。
 
 
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