蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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 だが、もう気の遠くなるような長い年月を戦に費やしてきているというのに、自分たちを囲む状況は何も変わらなかった。屍の山だけが増えていく。
 人は、後ろを振り返りため息をつく。
 多くの犠牲を払ってまで戦いつづけている自分たちは幸せなのだろうか?
 こんなことで本当の平和はやって来るのだろうか?
 大切な人を失い、今や喜びも楽しみも失ってしまっている。自分たちはこのまま不幸のどん底に落ちたまま、この命を失うのではないか?
 一体自分たちは何のために戦っている?
 何を望んで戦っているのだ?
 しかし、戦を止めることはもはや不可能であった。
 先に武器を捨てたほうがやられる。
 人にはもはや自滅への道を進むしか、この戦を止める方法は残されていないのかもしれない。
 いや、他にも道はあるかもしれない。だが、誰もそれをする勇気を持つものがいなかった。──武器を捨てようとすることは……できない……。
 駄目だと分かっていることをやる勇気よりも、それを駄目だと止める勇気を持つほうが何倍も大変だと人は言う。正しく、そうであった。
 そうして、彼らはただ、滅びゆくのをじっと待つしかなかった……。
 クイントの生まれた国トルキアもそして、多くの国も。
 幼いころは、十人以上もいた同じ年頃の仲間も今ではタキトと幼なじみの少女アネットとの三人だけになってしまっていた。戦で亡くなった者、貧困の中で亡くなった者、この村を出ていった者……。
 大人の男たちは、四年前にあった大きな隣国との戦の際に、中央側から徴兵され、その多くが命を落としてしまった。それゆえ、今ではその子供たちが村を守っていた。
 クイントよりもずっと幼い者たちまでもが、剣や弓を手に戦場を走り回る。村の平和を脅かす者たちから、村を守るために。
 一年前、十一になったばかりのクイントは村長に呼び出され、命じられた。子供たちを束ねる役目を──。
 昔から、子供たちに慕われていただけでなく、真面目な性格が適任だと思われたらしかった。責任ある役目を命じられたのだから、普通の人間だったらそれを誇りに思ってもいいはずだ。だが、クイントの心はひどく沈んだ。
 これから自分はこの少年たちの命を守っていかなくてはならないのだ。いや、それだけではない。何よりもクイントの心に重くのしかかったのは、この少年たちに、自分は人殺しの術を教えるという現実だった。
 たとえ生きるためとはいえ、人を殺す──これほど嫌なものはない。自分も今までに何人もの命をこの手で奪ってきた。村を守るためといいながら、弓で、剣で。
 自分の手が人の身体を傷つけるときのあの感触──あれほど心が凍りつく瞬間は他にはない。
 こんなことを自分より幼い者たちに教えなくてはならないとは……。
 少年たちの命をその肩に背負いこむこととなったクイントは、役目を任じられたその日、珍しく弱音を吐いた。
「おれは、なにをやってんだ……」

「──……」
 幼な馴染みのアネットは、クイントの肩にそっと手を置いた。
 アネットは何も言わない。
 ただ、クイントの自分に向けられた瞳を、じっと見つめ返す。
 自分がこの大切な幼なじみを守らないでどうする──クイントは自嘲気味に笑った。
アネットは小声で囁いた。
「そうやって、悩むことって、とても大切なことだわ」
クイント&アネット
 アネットの言葉に秘められた戦に対する思いを、クイントはそっと胸の奥にしまいこんだ。
(──そうだよな……。まずに人を殺すことなんてできるわけない──。悩むことが大切なんだ……)
 そうして、クイントは少年たちを率い、戦闘に加わってきた。
 ──だが、クイントが予想していた以上に、この役目は重く、悲しく、そして辛いものであった。
 次から次へと死んでいく仲間たち。
 共同墓地の墓がひとつずつ増えていくのを見るたびに、クイントの心には激しい怒りが渦巻いていった。
 仲間を守れなかった自分への怒りと、戦を起こした者たちへの怒りが──。
戦争がなぜ始まったなんて理由は、クイントにとってどうでもいいことだった。そんなものはいまさら聞かされても、現状が変わるわけではないのだから。
 ただ、もうこれ以上、幼い者たちに自分と同じ思いを味わって欲しくなかった。自分自身もこれ以上、辛い思いをするのは嫌だった。
 クイントは生まれたときから戦う術を教え込まれた。
 クイントの両親とて、なにも好き好んでそんなことを大事なひとり息子に教えたのではない。そうして自分を守らなければこの世界では生きていけなかったのだ。
 クイントはただ生きてゆくためだけに、大事な者たちを守るために人を殺す道具を手にしていた。そして、自分が両親から教わったように、幼い者たちに武器の扱いを教えているのだ。剣の扱い方、弓の引き方──。
 空が夕焼け色に染まる。雲もふんわりとした赤色に染められ、やわらかな夕日を受け輝いて見えた。西の空低くには、明るく輝く星が姿を見せている。
 風がすっと傍らを通りすぎた。
 さわさわと木々が揺れる。
 クイントは背の低い木の傍らで足を止める。そこには周りと同じように、小さな盛り土があった。その横には五十センチ四方の石板が置かれている。
 薄れて読めない文字。
 クイントはその前で静かに目を閉じた。
 その下にはクイントの父が眠っていた。
 まだクイントが幼いころ、戦に駆り出され、そして父は帰らぬ人となった。
 クイントの家族は四人。父は戦で死に、今は母とクイントの二人だけだった。もう一人いたはずの兄は、クイントが三つの時以来、行方不明になっていた。
 クイントはふと足元に落ちていた木の実を拾い上げた。小さな茶色のどんぐりだった。
 遠い日に別れた兄の姿が前を横切る。後ろには、その兄を追いかけ叫ぶ自分。
 いつものように、兄とこの丘に遊びに来ていたあの日。追いかけ、捕まえ──二人は時がたつのを忘れて遊んでいた。
 ところが、ふと、自分を追いかけていたはずの兄の姿が消えた。
 隠れては自分をからかうことの好きだった兄。だから、クイントはこの時も、どこかに兄が隠れているとばかり考えた。
 草むら、木の影、石の間……だが兄の姿は見つからない。
 日が暮れるころ、なかなか帰ってこない自分たちを心配して、母が探しにやってきた。
 声を大にして兄を探す。
 日が暮れても兄は帰ってこなかった。
 家に帰され、母と兄の帰りを待った。父は村人たちと兄を探しに出る。
 ──だが、やはり兄の姿は見つからなかった。
 村人たちは囁いた。「連れていかれたんだ」と──。
 幼いクイントにはそれが何のことだが分からなかった。ただ泣いている母の側で、わけも分からず呆然と立ち尽くすしかなかった。
 やがて、大きくなるにつれて、兄がどうなってしまったのか、何となく分かるようになっていった。
 村では、兄だけではなく、多くの子どもが「連れていかれた」という現実を知るようになっていた。
 戦力とするために、村の子どもが「連れていかれ」ていたのだ。知らぬうちに。どこに連れていかれたのかも分からない。連れていかれた者は二度と帰っては来なかったのだから。
 怒り、怒り、怒り……。
 成長するにつれて、クイントの中では戦を起こした者たちへの怒りが増大していった。
 父を奪った、兄を奪った戦。自分たちの意志とは無関係に起こされた戦。

空を仰ぐ  しかも、現在も続いている戦の中にいるのは、自分たち一般の民だ。この国を支配している上層部は、自分たちの手を汚すことは決してしなかった。あくまでも下の者に命を下すのみ。自分たちは、戦場とはまったく関係の無い生活を送っている。
 クイントたちは決して自分たちで未来を選ぶことはできなかった。定められたレールの上を進むしかなかった。戦の中で生まれて、戦の中で死んでいく。それしかクイントたちには許されていなかった。
 どうして戦など起こした。
 やるなら勝手にやればいい。
 どうしておれたちを巻き込む。
 どうして、どうしてっ。
 憎い、憎い。
 この国を支配する者が憎い──。
 堪らなくなって、空を仰ぐ。
 
 
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