蒼穹への扉
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虹の彼方へ
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 男はそこで表情を緩めた。
「大丈夫。そう簡単に死んでたまるか」
「──分かりました」
 クイントは頷くしかなかった。
「行くぞっ」
 クイントの声が響きわたる。
 クイントの声に、周りに入る仲間たちは目で頷き合いながら、身を低くし、近くの地下道の入口である木の板を押し開けた。
「さっ、入れ!」
 クイントは幼い者から順に中へ入れ、全員入ったところで最後に自分もその中へ身をすべりこませた。ちらりと先程の男を見やる。男はクイントの視線に気づいて、強く頷いた。クイントも頷く。そうして中へ入るときっちりと蓋を閉めた。
「ごめん。おれのせいだ」
 クイントが入ってくるのを待っていた先ほどの少年がしょんぼりと俯いた。
「何いってんだ。さ、行くぞ」
 クイントは微かに笑うと、幼い少年の肩をポンと叩く。
 少年はその言葉に少しうれしそうに、顔を上げ、クイントの後に続いて走りだした。
 この地下道の中に入ると、じめっとした湿気と、鼻をつくような嫌な悪臭に襲われる。
 しかし、今は、そんなことに構ってはいられない。
 クイントたちは、村に続く道をひたすら走りつづけた。
 この地下道はまるで、迷路のように複雑に入り組んでいる。これは敵に自分たちの居所を知られないようにするためには、大変好都合なことであった。
 慣れたもので、クイントたちは迷うことなく、一心に走りつづける。
 と、先頭を行く者の足が止まった。辺りに敵が潜んでいないことを確かめる。
「よし、いこう」
 クイントは、ここで自ら先頭に立つと、細く狭い脇道へと入る。やがて道は上にむかう階段で行き止まりとなった。
 階段は上までは続いておらず、天井から一メートルほどのところでなくなっている。
 クイントはその階段の最上階まで行く。真上にある石でできた板を用心深く、音をたてないように細心の注意を払いながら押し上げた。
 始めは、二、三センチほど押し上げてみる。
 周りには誰もいない。
「──大丈夫だ」
 クイントは、ここで、思いっきり板を押し上げ、ひょいと外に出た。
「さ、手、出せよ」
 そういって、一人ずつ上がってくるのを手伝った。
「全員無事だな?」
「なんとか……」
 クイントと同じ年齢の少年タキトがフッと笑い、付け加えた。
「おれたちはな」
 クイントはその言葉に口を閉ざした。
 そう、ここにいるシクサ村の仲間十人は無事であった。
 しかし、今日の戦闘は、いつにも増して凄まじいものであった。
 恐らく、いつもの何倍もの死傷者が出たことであろう。
 クイントは空を見上げた。すでに雨は止み、元の青空が顔をのぞかせていた。
「──取り合えず、お前ら、家に戻れ」
 クイントの言葉に少年たちはわあと歓声を上げた。
「いいの?」
「ああ、もう三日も戻ってなかったしな。今のうちに少しでも休養を取っておいたほうが良さそうだ」
 クイントがそういいおえるのと同時に、少年たちは自分たちの家に駆け戻っていった。
「お前らっ!気だけは抜くなよ!」
 少年たちの背中に向かってタキトは叫ぶ。
 しかし、久しぶりに家に帰れることで浮かれている少年たちの耳には、恐らく彼の声など届いてはいないことであろう。
 どの少年たちの今までの戦のなかで強張っていた顔が緩む。そこには本当にただ幼くあどけない笑顔があった。
 戦など無かったら、少年たちはこの大地の上でのびのびと生きることができたであろうに……。
 クイントは心が痛んだ。
 自分だって例外じゃない。こんな戦さえなければ……。
 少年たちが去っていったそのあとにはクイントとタキトだけが残された。
「お前、戻らないのか?」
 クイントは散っていく少年たちを見送りながら、傍らに立つタキトに尋ねた。
「戻る、か。戻るところね」
「あ──悪い」
「いいってこと。ま、戻っても、誰もいないだけさ」
 タキトは悲しげに微笑んだ。
 後ろで一つに束ねた茶色の髪が風に揺れる。
 タキトの母親は三年前、貧困の中、病気で死んでしまっていた。そして、父親はつい最近の戦闘で──。
 十二にして両親を失ってしまったタキトは、そんなことであっても、決して悲しみにひたるようなことはしなかった。前だけを見て、しっかりと自分自身の足で歩いていた。
 持ち前の陽気な彼の性格は、クイントとはまるで反対だった。だが、なぜか二人は気があった。クイントにとっては、そんなタキトは良き理解者であり、親友でもある。
「お前も、早く戻ってやれよ。お袋さんと、アネットが待ってんぜ」
「──タキト、来るか?」
 背中を向けているタキトへクイントは、そう言葉をかけずにはいられなかった。

 しかし、タキトは背中を向けたまま、静かに言った。
「いや──せめて、三日もいなかったんだから、墓前に花くらい供えてやんないとな」
「タキト──」
「大丈夫だって。お前が心配するほど、おれはやわじゃないぞ」
 そう言葉を残し、背中を向けたまま、手を振って、一人タキトは家へ帰っていった。
タキト
 じっとその場に立ち尽くしていたクイントは、タキトの姿が見えなくなると、くるりと向きを変え、歩きだした。
 けれども、家には向かわない。家とは反対方向を目指す。ずんずんと村の中心とは逆に歩いて行く。
 村を抜けると、周りは畑になった。村人たちが栽培している野菜畑だった。さすがに秋に入った今は、夏の盛りに比べればその数は減っていた。
 クイントは、やがて村はずれの小高い丘の上に出た。
 丘の上からは、クイントたちが住んでいる村が一望できる。
 さほど大きくない木造の家々。そして畑。
 ここは自分にとって楽しい思い出のある場所であると同時に、来るたびに胸をかきむしられる苦しい場所でもあった。
「──……」
 丘の上には幾つも土がこんもりと盛られたものがあった。その上には、こぶし大くらいの石がそれぞれちょこんと乗せられていた。花が添えられたものもある。
 クイントは何も言わず、それらの前で静かに目を閉じた。
 ──ここは、村の共同墓地であった。病で亡くなった者、戦で命を落としていった者。
そんな者たちのために村の者たちがつくった墓であった。
 この世界は五つの大陸と広大な海からなっていた。それら五つの大陸の中でも二番目に大きな大陸をアファカ大陸と言う。クイントの住むトルキアは、そのアファカ大陸の南東部に位置する小さな国である。人口は二千万、面積はアファカ大陸の中でも三番目に小さい。トルキアはそんな小国であった。
 その小さな国トルキアを巻き込んでいる戦は、クイントたちが生まれる前、彼らの両親が生まれるよりもずっと前から続いていた。
 戦の始まりは隣国との領土争いという、何とも単純な理由であったらしい。しかし、今では周りの国々を巻き込み、戦は拡大する一方であった。
 各国の指導者たちは、さらなる楽園を求め、自分たちの欲望の赴くままに醜い争いを、自分の国をより豊かにするために、と続けていた。
 いつの間にかトルキアでの戦も領土争いという単純なものではなくなっていた。国内における中央側と、それに対抗する勢力との争い。そしてそれに便乗するようにトルキアを狙う周辺の国々の関与。
 トルキアだけではなかった。今や世界の至る所で戦が起こっている。理由なんてもう誰も分からなくなっていた。
 ただこれだけは分かっていた。一度火の付いた戦争を止めることは不可能である、と。そして、戦が自分たちにもたらしたものは、決して豊かな楽園などでは無い、と。
 弱い者が強い者に虐げられる。金のある者だけが優雅な暮らしを楽しみ、貧しい者は生きる術もなくその尊い命を無くしてゆく。人が人を殺し、人が人を差別する……。
 地獄としかいいようがない世界を人間は自分たちの手で、この世に作りだしてしまったのだ。
 そんななか、人間たちは一つの矛盾を前にし、苦しみだした。
 トルキアでは、自分たちの生活を豊かにするため、自分たちの国、家族を守るために自分たちは戦っていると中央側は信じている。そして、反中央側は、中央側が行っていることは間違っている、自分たちはそれを正すために戦っている、そう信じているのだ。それそれが自分たちが正しいと信じ、戦いつづけているのだ。
 
 
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