蒼穹への扉
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  第8章  
 
     

 

終章

 シャラン……

 大樹が枝を揺らした。
  ほうっと光を帯び、あたりを照らす。幻想的な景色の中で、大樹は感慨深げに呟いた。
  ――これであの者の役目も終わり……――
  小夜という土人形を作ったのは大樹。
  この世界から、外の世界へと伊吹を連れ出すために。
  すでに森人は必要なくなっているのだから。運命を外の「森人」たちに伝えることも、運命に反してやってきた人をもとの世界に戻すことも、もはや人は必要とはしていない。己の力で人は十分やっていける。
  だから、伊吹は出たいと強く願いさえすれば、この空間から出ることができるのに。
  大樹はずっとずっと悩んでいたのだ。
  どうすれば伊吹は外の世界へ、元の世界へと戻ってゆけるか。どうやったら、彼は自分を許すことができるのか。
  家族を失った孤独。自分のせいで、大切な者を失ってしまった悲しみ。誰もいないこの世界へ踏みこんでしまった恐怖。そうして――迷い込んでくる魂を、元の世界へと戻すことへの躊躇いと、そう感じてしまう自分への嫌悪。
  自分自身と同じ理由でやってくる星の数ほどの魂。それを元の世界へ導くのが伊吹の役目。自分は「ここ」に居つづけるのに! 現実から逃げたままずっとずっとこの世界にいるのに……なのにその自分が彼らを説得するのだ。「現実から逃げたままではだめだよ」と――。そんな自分が許せなくなっていくのだ。
(もう、十分ではないか……)
  大樹は悩み苦しむ伊吹を見るたびに、心を痛めていた。
かといって、無理やり外の世界へ追い出したのでは、何にもならない。伊吹自らが望み、元の世界へ戻らなければ、何の意味もない。自分ですべてを納得し、かつ、元の世界で生きていくことを選択しなくては――。
  そうでなければ、彼は再びここに戻ってきてしまうだろう。そしてそうなれば、もう二度と外の世界へ戻ろうとはしないだろう……。それこそ永久に闇に囚われたまま生き続けるのだ……。
  彼はもうじゅうぶんにこの世界がどんな場所かわかったはずだ。そして、それとともに、世界のどこにいても、苦しみや悲しみから解放されることはないのだと、知ったはずだ。
(きっかけさえあれば、伊吹は外に出て行ける……)
  そこで、大樹は小夜を森の土から作り、「ひと」の形と成した。土人形が「ひと」に育てられ、十分に「ひと」らしくなって伊吹の元へやってきたとき、伊吹はきっとすべてを悟る。
  自分の身にかつて起こったできごとが、今度は逆の立場で起こるということを気づくはずだ。
  そうすれば、彼は外に出て行くだろう。
  大樹はそう信じていた。
  だが――だが、現実はそうはならなかった。
  小夜は実にうまく伊吹を外の世界へと誘ってくれた。たとえ、小夜本人にその意思はなかったとしても、伊吹が心の底にずっと抱いていた思いを、再び自覚させるほどに。
  大樹もまた、機会があるたびに小夜をこの世界へと誘った。そして伊吹の心に触れさせた。
  けれど、伊吹にとってそれは逆効果だったのだ。
  小夜が現れたことで、伊吹はより内の世界へとこもってしまった。 小夜を想うあまり、伊吹は外の世界を望みながらも、この世界に残ることを選んでしまった……。
  もう無理かと大樹もあきらめかけたとき、あの土人形はじつによい働きをしてくれた。それは大樹も予想しなかった言葉だった。そして最終的には伊吹ははっきりと自分の意志で、この世界から現実へと帰っていった。
  もう二度と、森人と呼ばれるものたちがこの地を訪れることはないであろう。そしてこの地は、今度こそ本当に伝説と化すであろう。
  だがそれでいい。

 人の子よ、私はここからおまえたちを見守っていよう。永遠に。
  だが、決してここに来るではない――。
  ここは闇に覆われた世界。
  人の子よ、おまえたちには光が似合うのだから。
  だが、心が傷ついたときは休むがいい。
  逃げることもときには必要だろう。
  だが、人の子よ、決して忘れるな。
  おまえたちは、自分の足で再び立ち上がっていく必要があるのだということを。

 シャランシャラン……
  軽やかな音が鳴る。
  すうっと、一つの珠の光が深い青色へと変わった。
  ――また一つの魂が迷い込んできた。しかし、この世界にあの魂たちを迎える森人はもういない……。

 
 
  第8章