三
「――どういうことなんだ……? 伊吹……話してくれ……」
泣き続ける伊吹を大樹の根元に座らせた後、小夜はその肩を優しくなでる。
伊吹は嗚咽しながらも、これから小夜の身に起こるであろう未来を話し始めた。
これできっと彼女はすべてを悟ってしまうだろう。
自分が何を恐れ、何を思ってきたのか、なぜいつもあの場所までしか見送りをしなかったのか。
小夜がこのまま伊吹を訪れ続ければ、やがて伊吹自身画が経験したことが、今度は逆の立場で起こってしまう日がくるかもしれない。自分が小夜をおいてこの世界を出て行く日が――。
それを望んでいなくても、運命に逆らうことはできない。
「ぼくはそんなことをしたくはない! 小夜まで裏切りたくはないんだ!」
だからお願いだ、もう二度とここには来ないで、と伊吹は懇願した。
「お前は……」
「?」
小夜の手がすっと伊吹の頬に触れた。
細く白い腕。一見すると冷たそうな印象を与えかねないその腕は、外見に反してとても温かいことを伊吹は知っている。
小夜の瞳は悲しみに濡れていた。
何の為に?
伊吹はうろたえた。
だめだ。小夜の瞳を見ては。直感的にそう感じた。これ以上、彼女の黒く澄んだ瞳を見つづけはいけない。イケナイ――。
だが、伊吹の意思に反して、目は小夜の瞳から逃れられなくなってしまっていた。
本能的に避けねばならないと悟った。これ以上彼女の瞳を見続けていたら、抑えた気持ちが再びよみがえってしまう。遠い昔に封印した想いが。
「辛い思いをしてきたんだな――お前は」
温かい手のひら。心に響く言葉。伊吹を捉えて離さない耳に心地よい声。
心の底に沈んでいた何かが、ぶわりと大きく心の中でよみがえる。
「ずっとひとりで――」
ここで。そう。僕はずっとひとり。
永遠に。
エイエンニ……ヒトリ……。
「でも私は……お前のその心が好きだ。お前の心は、今まであったどんな人よりも透き通っていてきれいなんだもの。お前といると私は心地いい」
たまらなく心が締め付けられた伊吹の頬を、滝のような涙が流れていく。
――帰りたい……もとの世界へ。帰れるのならば帰りたい――
「帰ろう。私と一緒に。私の村にくればいい。きっとみんな伊吹を歓迎してくれる。私の村の人たちはみんな気がいいからな。私も彼らの拾われたんだから。森人の定めがなんだ。私は森人にはならない。そしておまえももう森人の役目なんて捨ててしまえ。一緒にここから出よう」
優しく笑う小夜。
胸がいっぱいになった。
今までたくさんの迷いこんできた人々をもとの世界へと帰してきた。そう。自分を置いてみんな帰ってしまった。自分一人を残して。けれど、小夜は違う。小夜は一緒に帰ろうと言ってくれた。
「ありがとう。でも…ぼくはここにいるよ」
「何でだ?」
「森人はやめようと思ってやめられるもんじゃないんだ」
そしてなりたくないからといって、ならずにすむものではないのだ。
定めの力は強く、人はその前に逆らうことなどできはしないのだ。
簡単に森人の役目から解き放たれるのであれば、伊吹はここに迷い込んだときに、抜け出すことができたであろう。また、伊吹の前にいた女性もさっさとここを出て行ったに違いない。
だか、そうしなかったのは……。
「小夜、ぼくはここから出ることができないんだ」
「私と一緒でもだめなのか?」
力なく伊吹は首を振った。
「だめだよ。ぼくは絶対に出ることができない。もう何度も試したんだから」
伊吹ができることはただひとつ。
小夜が次代の森人にならぬよう、ここにい続けることだ。決して外に出ようなどと思わぬことだ。
彼女を守りたい。
「私はあきらめないぞ、伊吹。絶対にお前と一緒にここから出るんだ。それまで私は何度だったここにくる」
「小……夜……」
涙が止まらなかった。
情けないな、と思いつつも、あふれくる涙をどうすることもできなかった。
彼女は共に出ようといってくれた。一番自分が欲していた言葉を、こともなげに言ってくれた。
(それだけで充分だ――)
心が満たされていく。
これだけで充分……。もうこれ以上、望むものは何も――ない……。 |