蒼穹への扉
Novel
  森人の詩
TOPページ
序章
第1章
第2章
第3章
第4章
第5章
第6章
第7章
第8章
message
虹の彼方へ
さくら咲くころ
時のある場所
時のある場所2
失くした時代
わたるとり
こころのはざまで
恐怖の行方
墓守
かぞへうた
 Chara
  登場人物紹介
 Side
  座談会など
 Gallery
  らくがき&Flash
 Thanks
  いただきもの&差し上げたもの
 Diary
 BBS
 Link

 

   
  第4章  
 
     

第五章 失った過去

 

 伊吹が生まれたのは、今の小夜(さよ)が住んでいる村と大して変わりない山間の村だった。
 わずかばかりの農地で作物を育て、日々の糧にしていた。農作物以外に、とくにこれといった特産物もなく、それゆえ天災がくれば、人々はどうすることもできないような、そんな村だった。
 伊吹は、そこで両親と少し年の離れた姉の四人で暮らしていた。おなかいっぱいの米を食べることも、都で流行りだという絹の美しい織物を手にしたこともなかったが、それでも伊吹は幸せだった。
 しかし、不幸とは突然やってくるものだ。村を流行り病が襲った。
村ではここ数年、天候不順で作物が思うように実らなかった。なのに、国に納めなければならない税は決して軽くなることはなかった。
病が村を襲ったのは、食べていくのに困るような家も出始めた頃のことだった。
 それにかかったものは、突然の高熱や腹痛に苦しめられる。そうして、熱が下がってきた頃に、今度は手足や顔に発疹が徐々に現れる。麻疹か何かかと思っている間に、発疹はやがて全身に広がり、そうなってしまったが最後。病人の多くは命を失うはめになるのだった。
 貧しい村では薬を求めようにも、薬師すらいなかった。いや、いたとしても、そもそもこの病に効く薬などありはしなかったのだ。
何が原因かもわからず、どうすることもできなかった。
 多くの者が死に至った。
伊吹にとっても、病は無縁、というわけにはいかなかった。まず、姉が病にやられた。次いで母も病に倒れ、十数日の後この世を去った。看病をしていた父も直に病にかかり、母が亡くなってからちょうど五日目、母の後を追うように帰らぬ人となってしまった
 ――伊吹、六歳の春のことだった。
 幼くして最愛の人々に先立たれてしまった伊吹。
 幼い少年が一人で生きていくのは難しい。だが、村人たちも伊吹の面倒を見てくれるほど余裕があるわけではない。
 両親が残してくれたわずかばかりの食糧を食い尽くした後、伊吹は途方にくれた。
 村人助けを乞おうにも、伊吹がやってくるのを見ると、一様に戸を堅く閉ざしてしまい、それは望めないことだった。
 ――みな、自分自身が生きていくだけで、精一杯だったのだ……。
 秋の実りが盛りである頃であったならば、多少は食いつなぐことができたかもしれない。
 しかし、季節は大雪が過ぎたばかり。もはや木々は葉を落としてしまい、実がなっているものはほとんどなかった。
 泣く気力も、歩く気力も失った頃、一人の男が伊吹の前に現れた。村を治める長だった。
「わしのところに来なさい」
 思っても見なかった言葉。伊吹は村長に命を救われたのだった。
 だが、それは善意からではなく、伊吹の両親が作った借金のかただったのだと、後に伊吹は知った。
 伊吹は下働きとして村長のもとで働くことになった。幼いからといって、特別扱いはしてもらえない。
 朝は日が昇る前からたたき起こされ、掃除から朝餉の支度までさせられた。伊吹たちに許される食事はわずか一日一食。それも茶碗半分の麦と粟が半々のぱさぱさした飯と、小さな芋が入った味噌汁、そしてわずかばかりの漬物だけだった。育ち盛りの伊吹はいつも腹をすかせていた。
 夜になれば、無性に悲しくなり、部屋の片隅で声を殺して泣いていた。

 
 
  第4章