蒼穹への扉
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「もりと……?」
「ぼくがいう『森人』は森の人、と書くんだよ」
 小夜(さよ)の村にいる「守人」とはだいぶ違う。
 不思議そうな顔をしている小夜に、伊吹は注釈を加えた。
「ぼくは『森人』――。そして小夜の村で言う『森告げの巫女』とは対になる存在」
「どういう――意味だ?」
 うん、と少し考えたあと、伊吹は「森人」にわかりやすく説明をしてくれた。
 どうやらもともと森の声を聞くことができる人間というものは、小夜の村だけではなく、この国に多くいたらしい。ただ、「迷い人の村」は神域に近かったがために、神域の影響を強く受け、他の場所よりも多くの者が森の声を聞くことができた。
 森からこれから起こりうる「運命」を聞き、人へそれを伝えることができる人。それを「森人」と呼んでいた。
 今、小夜の村にいる「森告げの巫女」も、昔は「森人」と呼ばれていたのだという。だが、村ではときが経つにつれ、本来「森人」と言われていた人は「森告げの巫女」となり、それとは別に村を守る者たち、という意味で「守人」が現れた。
 そして、小夜の村以外にいた「森人」たちも、その多くは力を失い、今ではほとんど存在していないという。
「もともと森の中から森の声を伝えるのが、こちら側の森人の役目の一つ。そうして外にいる森人の役目は伝えられた声を人に告げること。こちら側の森人と、外にいる森人がいて初めて森人は役目をまっとうできるんだ」
伊吹はそこでひと呼吸置くと、天を仰ぎ朗々とした声で言葉をつむぎ出した。

 日々の実りに感謝せよ
 己の命が他のものたちの上に成り立つものであることを知れ
 生きとし生きるものの命には上もなく下もない
 今己が生きていることに感謝せよ
 緑息吹く大地に
 清き水をもたらす大地に
 日々の糧を与える大地に――……

「それは――」
 小夜は息を呑む。
 伊吹のその言葉は紛れもなく、収穫祭の折におばばが村人たちに告げたものだ。
「以前に話した神域の噂、あれも外の『森人』――小夜の村では『森告げの巫女』って言われているけどね、そういった力を持つ人にぼくが伝えたこと。ぼくが大樹の言葉を感じとって、それを伝えるんだ」
 でも、と伊吹は顔を曇らせた。
「最近ではその必要もなくなってきた……。人は自然の声を聞かなくとも生きていけるだけの力を十分に持つようになったから。その証拠に森告げの巫女の力は薄れてきているだろう?」
 言われてそういえば、と小夜は納得した。おばばもかつて同じようなことを口にしていた。「力が弱まった」と。だからこそ、今まで村にはおばば以降、森人の力を宿した巫女が現れなかったのだと。
「それはぼくも同じなんだ。昔はね、この大樹の声がもっと聞こえたんだ。それこそ、ここに来た頃は、一日中話しているときだってあったんだ」
 小夜は物言わぬ大樹を見上げる。
「でも、今じゃ、そんなこともなくなった。滅多に大樹の声は聞こえない。こうして幹にふれることで、かろうじて心を感じ取ることができるくらいかな……。確かに人はもう森の声なんかに頼らなくても大丈夫なほどになった。だけどね、こちら側の森人はまだ必要なんだよ。もう一つの役目があるからね」
「それが……」
 この無数の魂たちを守ることなのか――。伊吹は深く頷いた。
「『迷いの森』に迷いこんだ者を元の世界に戻すことがね、ぼくの大切な役目だから」
 降り注ぐ光を全身で受け止めながら、伊吹は目を細め静かにつぶやく。
「『迷いの森』――人の運命を見守る場所……。運命に反して迷いこんだ人の『心』を、元の『時』の流れの中に戻すこと。それを役目とする者が存在する場所」
 それは他者の運命を左右してしまう重い役目。迷い込んだ他者の「心」に私欲で以って触れることがあってはいけない。だが、人間は弱い生き物だから。この事実を知れば、きっとこの大樹に人は群がる。
そのようなことがないよう、ここは人の目から隠された場所とされたのだ。だから、ここは「神域」なのだ――。
 伊吹は気持ちを落ち着けるためにゆっくりと息を吸い込み、そしてそろそろと息を吐いた。
「そして、ぼくがここに…いるのは……」
 ――ゆっくりとゆっくりと、彼は言葉をつむぎだす。
「ぼくがここに住んでいる理由は…ぼくが外の世界で犯してしまった罪があるから」
 ぽつりぽつりと、一言ずつ区切りながら、伊吹は遠い過去の話を始めた。


 
 
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