「小夜、小夜っ」
「――……」
「小夜っ」
誰かに名を呼ばれている……。強く肩を揺さぶられて、小夜は徐々に意識を取り戻した。
「――いぶ……き……?」
「ああ、よかった……」
ほうっと安堵の息をつく伊吹の姿が目の前にあった。伊吹の傍らでは叉羅沙も心配げに、ぐるぐると動きまわっている。
「本当によかった……」
「伊吹……」
小夜はそこで自分が伊吹のもとを飛び出してきてしまったことを思い出した。
「おまえ……私を探しに……来てくれたのか?」
「当たり前だろ。小夜をほうっておけるわけなんてないじゃないかっ」
少し怒ったように小夜を睨む伊吹。次の瞬間、小夜はぎゅっと伊吹に飛びついていた。
「――小夜……??」
「――……」
伊吹はそうっと小夜の背中に手を伸ばすと、まるで子どもあやす母親のように、優しく背中をなでてくれた。
「怖かった……このまま、私はここから…帰ることができないかも……しれないって」
しゃくりあげながら小夜は伊吹に訴える。
「伊吹が来てくれなかったら……どうしよう、って……」
「ごめん……遅くなって。怖い思いをさせたね」
ううん、と小夜は頭を振った。
「いけないのは私だっ……勝手に伊吹のもとを飛び出した私が悪いんだ」
「小夜……」
「私が悪いのに……あんなにひどいことを伊吹に言ったのに!」
それなのに、お前は私を探しに来てくれた……。私を闇から救うために来てくれた。
「来てくれなかったら……このまま…私はっ……」
「――もう大丈夫だから」
ぎゅうっと伊吹は小夜を抱きしめてくれた。
「もう、大丈夫」
耳元で何度も囁く。小夜の不安をすべて取り去ってくれるかのように。彼女が感じた恐怖をすべて包みこんでくれるかのように――。
闇の中、たった一所光が集う場所で、少女に優しく微笑み続ける彼の心を、このときの小夜は知る由もなかった――。
3
帰り道、小夜は落ち葉を踏みしめながら考えた。
どうして伊吹は一人、あそこに住んでいるのだろう……。
何度も考えたことだった。
伊吹は小夜のこの問いに「罰だから」と答えた。だが、その「罰」が何なのかは、語ってはくれなかった。その「罰」を受ける原因となった「罪」についても。
そうして今日、新たな疑問が増えた。
闇の中で出会ったもう一人の伊吹。彼はずっと泣いていた。寂しいと、辛いと。一人でいるのはもういやだと。だから自分の代りにここに残ってくれ、と――。
だが、彼が叫んだ言葉の中にあった一つの言葉が、小夜の心に強く残っていた。
(どうして、あの少年は「もりと」と言ったのだろう……)
その言葉の意味を考えて――小夜はふるふると首を振った。考えても分からない。伊吹は何も語ってはくれなかったから。
「聞いてはいけないことなのだろうか……」
うら悲しくなって、一つため息を漏らした。
「――もう限界……かな」
やるせない気持ちがあふれてきて、伊吹は返事をするはずのない叉羅沙に思わずこぼした。囲炉裏の傍らの座布団の上で寝そべっていた叉羅沙は、呼ばれて耳だけをピクリと動かしたが、すぐにまたすーすーと小さな寝息をたてはじめた。
「限界……なんだろうね……ぼくも、小夜も」
分かっていたはずなのに。
彼女が己の目の前に姿を現した瞬間から。そのことがいったい何を意味するのか。それでも自分は彼女を招きいれてしまった。やがて訪れるであろう「別れ」を知りながら。
伊吹は囲炉裏の火がパチパチとはぜるのをいつまでも一人見つめていた……。
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