蒼穹への扉
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(伊吹のばか、ばか、ばかっ! あんなふうに自分を言わなくったっていいじゃないか。なんであんなふうに自分をおとしめるんだっ)
 ズンズンやみくもに小夜(さよ)は歩いた。心の中で伊吹への怒りの言葉を繰り返しながら。
(なんであんなふうに言うんだ……あんなの悲しすぎる。自分のことを自分であんなふうにいうなんて)
 伊吹の悲しげな微笑み。いつもそう。笑っていても、伊吹は心の底から楽しんでいるようには見えなかった。顔は笑っていても、伊吹の瞳はいつも深い愁いを湛えていた。どうしてだか小夜にはわからない。訊きたくとも、訊けるような雰囲気ではなかった。
(そういえば……)
小夜は立ち止まった。
(どうして伊吹は一人で住んでいるんだろう。人が決して来ることがないと分かっているあの場所で……)
 そうだ。伊吹は村のある場所がわからないわけではない。小夜と初めて出会ったときも、小夜が知っているところまで送ってくれた。
  もしかしたら、小夜と同じように道に迷った者なのか。迷ってどうしようもなく、あそこに住んでいるのか?
  いや、それはないはずだ。
  だって、伊吹は村の存在を確かに知っていたのだから。
  もし迷った者であれば、村に助けを求めるなり、なんなりするはずだ。
  だが、伊吹はそのようなことをしているようには見えなかった。ずっと昔から自ら選んで伊吹はあの場所に住んでいるように見えた。

――どうして?

「え……?」
 フッと影が差したかと思った瞬間、あたりが闇に包まれた。それと同時に聞こえてきたのは小さな鈴の音。
 シャラン……
 たくさんの小さな鈴が一度になったような、軽やかな音。
「何…?」
 慌てて背後を振り返った。が、やはりあるのは闇だった。
 辺りを見回せど、どこにも森の木々はなかった。動物たちの声も風の歌も聞こえない。前を見ても後ろを振り返ってもどこまでも続く闇しかない。引き帰そうにも、すでにどちらから来たのかさえわからない。
 さっと血の気が引いた。
 己の身の上に何が起こっているのかまったく理解できず、小夜はうろたえた。
 ここは――。
 ここはどこなのだ。先ほどまでは確かに森の中を歩いていたはずだ。伊吹の言葉に頭に来て、小屋を飛び出して――。あとは村に向かって確かにいつもの道を歩いていたはずだ。間違えるはずはない。もう何度も通った道なのだから。
それなのに――。
ここは…どこなのだ?
(だめだ、まずは……落ち着かないと)
大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。すると、不思議なことに少しだけ気持ちが落ち着いた。
小夜はゆっくりと周りを見回した。けれど、相変わらず何も見えなった。こんな闇は初めてだった。普通の闇は、目が慣れてくるとどんなに暗くとも、なんとなく周りのものが見えてくるものだった。だが、ここでは何も見えないのだ。木々も、草も、道も、空も。
生き物の気配が、命を持つものの気配がまるでしなかった。
「誰かいないのかっ!」
 叫んでみたものの、小夜の声は闇の中へと吸い込まれていくだけだった。小夜の出す声以外は何も聞こえない。何も見えない――。
 しんと静まり返った空間。
「伊吹っ!!」
 答えがないと知りつつも、小夜はそう叫ばずにはいられなかった。
「伊吹、伊吹っ!」
 小夜は手探りでいないはずの彼の姿を求めた。何も考えることができず、この闇から一刻も早く逃げ出したくて。彼女は手探りで進んだ。一歩一歩確認しながら足を進めた。もはや自分がどちらの方向に歩いているのかさえわからなかったが、黙って突っ立っているよりはましだと、小夜は歩みを止めなかった。
 シャラン……
 再び鈴の音が響いた。先ほどよりも近くで。
「!」
 そうして、小夜の視界の端で、突然一つのほのかな灯がぽっと現れた。
 出口かもしれない。外の世界への出口かもしれないっ。小夜は一心不乱に光を目指して歩みを早めた。そうしてたどり着いたのは――
(ここは……)
 小夜より少し高い程度の小さな一本の樹。そして、柔らかな光を微かに放つは、その傍らにある小さな泉。こんこんと水を湛えている。
 シャラン、シャラン……
 小夜はまるで鈴の音に導かれるように、泉に近寄った。

 
 
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