蒼穹への扉
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 再び小夜(さよ)が目を開いたとき、そこは見知らぬ場所だった。
まず木の天井が目に入った。そうして次に気づいたのは藁の香り。
(ああ……これか)
 小夜は自分が横になっている寝床が藁でしつらえたものであることに気づいた。わらを敷き詰め、その上に布をかぶせてあるのだ。
「!?」
 ふと、己の頭側のほうからした人の気配に、小夜は驚きのあまり息を呑んだ。
 それから警戒しながら、ゆっくりと頭をもたげる。
一人の少年が傍らにいた。歳は小夜と同じくらい、そう十四、五歳か、それよりは若干年上に見えた。ここいらでは珍しい少し赤茶けた豊かな髪を後ろで一つに束ねている。まだ少年らしさが残る赤みのかかった頬。しかし、村にいる同世代の少年たちにはないような落ち着いた雰囲気。知的とさえ映る表情は人をひきつける、そんな面立ちをしている。
だが、何よりも小夜の心を捉えたのは、彼の瞳だった。髪と同様の赤茶色の瞳。それはとても大人びた、穏やかなものだった。
「ここは?」
「ぼくの庵だよ」
 小夜が想像していたよりも、少年の声は低く、落ち着いたものだった。
「そうじゃなくて……」
 少年は一瞬、きょとんとしたように小夜をみたが、直に彼女が何を自分に聞きたいのか気づいたようだ。
「ああ、ここは君がいたところからさらに東の森の奥に入ったところ、これでいい?」
「えっ!?」
 がばりと跳ね起きる。
 小夜の反応に驚いた少年は危うく手にしていた薬湯を落としそうになった。小さく「うわっ」と叫び、かろうじてこらえた。
伊吹 「そんなに驚くこと?」
「お前、なんで…なんでこんなところに住んでいるんだっ!」
 今度はすさまじい剣幕で少年に詰め寄る。
 少年はわけがわからぬ、といった様子で、首を傾げた。
「どうしてって、ここにぼくの庵があるから、かなあ」
 返ってきた答えは、なんとものんきなものであった。
「お前な、ここは神域じゃないのかっ! そんなところに人が住んでいてもいいと思っているのか!?」
「神域ねえ……」
 くすりと少年は笑った。
「何がおかしいっ。 お前、知らないのか? 神域に人が立ち入ることは許されていないんだぞ。下手に踏み入れれば、二度とそこから出ることなんてできないんだっ」
「そう?」
 くすくすと少年は笑い続けている。
「じゃあ、君は帰ることができないってことかな?」
「!」
 ちょっと意地悪な少年の言葉に、小夜の顔がみるみるうちに青ざめていった。
 そうだ。ここが神域ならば、自分はもう村に帰ることはできない。
 決して立ち入るべからず、といわれている神域に踏み入ってしまったのだ。神の怒りに触れて、二度とここから出ることは――。
 あんなに言われたのに。
 出がけにも言われたのに。「小夜、決して神域にはいくなよ」と。おばばがあんなに念を押していたのに。
 自分の不注意でこんなことになってしまった。なんて間抜けなんだろう。
 小夜は頭を抱えた。
 きっと今ごろみんな心配しているに違いない。
 ひょっとしたら、自分の帰りがあまりにも遅いので、村中総出で自分を探しているかもしれない。
 ああ、どうしたら――。
「ごめん……冗談がすぎた……」
 先ほどまで笑っていた少年は、小夜が真剣に悩んでいるのを見て謝る。
「……冗談……?」
 混乱していた頭で、少年の言葉を理解するのに数秒を要した後、小夜はぱっと顔を上げた。まさか全部嘘なのか、とギロリと少年をにらむ。
 だが、少年は苦笑いすると、小夜の問いを否定するかのように首を横に振った。
「ここは君が言う『神域』であることに間違いはないよ」
 小夜は心の中で再び絶望の声をあげた。
 やはり自分は神域に迷い込んでしまったのだ。そして、もう二度と生きては村に帰れないのだ。
 先ほどと同じ思考を繰り返し、悲嘆のため息をつく。
「いや、だからね、そんなに気を落とさなくても大丈夫だから」
「帰れないのだな、私は――」
「いや、あのね」
「私は馬鹿だっ。神域に迷い込んだことも知らずに」
「だから〜」
 少年はぐいと小夜に薬湯を押し付けた。
「まずはこれを飲んで。それからちゃんとぼくの話を聞いてくれる?」
 目の前に突き出されたものには、茶色の茶碗に半分ほど煎じた薬が入れられていた。
「一応、飲んでおいて。これでも君は二日間眠りつづけていたんだよ?」
「二日も、か……」
 茶碗を口元まで運ぶと、煎じ薬独特の匂いがした。
 苦そうだな、と思いながらも小夜は目をつぶってぐいと一気に飲み干した。
 案の定、煎じ薬独特の味がする非常に苦い薬だった。だが、それでも以前大風邪をひいたときにおばばが調合してくれたものよりは、はるかにましだった。
 小夜は薬を飲み終えると、なんとなく心が落ち着いた。
「――ありがとう。それから…すまない」
 素直な小夜の言葉に少年は破顔した。
「いいよ、別に」
 少年はとりあえず自分の話を聞いてもらえるような状態になったことに、至極満足しているようであった。
 
 
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