そのころ小屋のなかでは、戻ってきた風の気配にリエルがはっと顔を上げた。
──バタン──
大きな音をたてて窓が開いた。カ─テンがなびく。
──ザワザワザワ…──
木々達のざわめく声が小屋のなかにまで届いた。リエルの後ろで束ねた髪をそっと撫でてゆく風────。
「か、ぜ…?」
リエルはよろよろと立ち上がると、半信半疑で窓辺へ近寄った。
「風よ、風ですわっ!」
フェリィの表情がほころんだ。
ルリアは大きく頷くと、フェリィと共にリエルのそばに歩み寄る。
「リエル、風よ! レイドは無事なのよ!」
ルリアは喜び一杯に叫んだ。
「リエル…?」
ルリアは返事もせずに、さっきから身動き一つせず窓辺に立ちつくすリエルの顔を心配そうに見た。
「リエル?」
リエルの瞳にたまった涙に、ルリアは言葉を呑み込んだ。彼女は相変わらず、ずっと一点を見つめている。
フェリィはその方向に視線を移した。
「!」
ルリアもフェリィも大きく目を見開く。
二つの影がゆっくりとこちらに向かってやってくる。ゆっくり、ゆっくりと───…。 一つの影はもう一つの影に支えられるようにして、こちらに近づきつつあった。
もう誰の目で見てもこちらにやってくるその二つの影が、リクシュとレイドであることに間違いはなかった。
ルリアはバッと走りだすと、大きくドアを開け放った。
「レイドッ!」
彼女の声に答えるかのように、一つの影は手を挙げると大きく手を振った。
レイドとリクシュに間違いない。
ルリアはフェリィを見て微笑んでみせた。フェリィは頷くとリエルの手を引っ張る。
「ちょっと…」
リエルは流れ出た涙を手のひらで拭うと、フェリィに手を引かれレイドのところまで走った。
先にたどり着いていたルリアはレイドたちと言葉を交わしていたが、リエルとフェリィがたどり着くと、こそっとレイドに耳打ちした。
「リエル…心配していたのよ。とっても」
言われずともレイドにはそれがよくわかっていた。何しろ、リエルの瞳は真っ赤になっていたし、その上、今でも涙ぐんでいたのだから。
リクシュに向かって悪かったなと礼を言うと、ゆっくりとだが自分自身の力で歩き、リエルの前で立ち止まった。
ルリアはそっと道をあけるとリクシュの傍らに寄る。リクシュは無言のまま微笑むと、レイドとリエルのほうを見た。
リエルの前で立ち止まったレイドはうつむきながら、すこし上目遣いでリエルを見た。「リエル…」
───バシ─ン…──
リエルの平手打ちがレイドの左の頬に命中した。
「───…」
レイドは打たれた頬を押さえることもせずに、まっすぐにリエルを見つめた。
リエルは涙ぐみながら、震える声でレイドに言い放った。
「いい加減にしなさいよ! どれだけ人が心配したと思ってんの!」
「リエル…」
何かを言いかけようとしたルリアの肩をリクシュが掴んだ。ルリアがリクシュを不思議そうに見ると、リクシュは静かに首を横に振った。
「悪かった…」
レイドの言葉にリエルの表情がふっとやわらいだ。涙を拭うと安心したように笑む。
柔らかい日差しがリエルの笑み顔に静かに降り注ぐ。
風が五人の間を優しく通りすぎていった。
4
「──で、どうすんだ?」
切り出したのは、レイドだった。
テ─ブルを囲んだ五人は今後のことについて対策を話し合うことにした。
リクシュには、今回のレイドの一件で、このままではいけないとよりはっきりわかったことが大きかった。
トゥティノは確かに無茶なことをしている。
本来であれば、「善のこころ」であるトゥティノは、もう一人の人の心の化身「悪のこころ」であるエビドュを制しなければならぬ立場にある。
自分と対になる存在である彼を。
それを放棄しているとしか思えない彼には、何かしら理由があるはずだ。でなければ、あのような状況、決して彼から望んむはずなどないであろうことは、何よりもリクシュたちがよく知っている。
だから、そのことをはっきりとレイドたちにも告げて、その上でどうすべきか考えなくてはならない時期にきてしまったのだと、リクシュは知った。
「リクシュ?」
考えにふけっているリクシュの名をルリアが呼ぶ。何度か呼ばれて、ようやくリクシュは気づいた。
「どうしたの?」
「いや…」
レイドは「そーいや」と思い出して、リクシュに問うた。
「お前、なんでおれの居場所がわかったんだ?」
「──そのことなんだけど、実は──トュティノが教えてくれたんだ…」
「トュティノ!?」
みなが同時に叫ぶ。
「なぜトュティノがそんなことを!」
リエルは思わず立ちあがった。信じられぬ、といった顔でリクシュを見下ろす。
「ぼくも妙だと思ったんだけど──トュティノの様子が変だったんだ。心から思って、こんなことをしているようには見えなかったんだよ」
リクシュは続ける。
「そもそも、トュティノはエビドュの『悪』に対する『善』のこころだろう。そのトュティノがこんなことをすること自体へんなんだ。どこかで何かが狂ってしまっているんだよ」
「変…なの?」
「うん」
ルリアの疑問にリクシュは柔らかい微笑を浮かべた。
「人間の死は、彼らにとっては己の死を意味する。なんせ、彼らは人がいたからこそ生まれてきた存在だからね。だから、人がいなくなればその存在する意味を失い、消滅する。なのに二人は人間を亡ぼそうとしている。好き好んで自分自身の消滅へとつながることをする者なんていないだろう? なぜそんなことをするのか──何かがおかしいんだ」
「──もうこのほしがもたない」
レイドがつぶやく。
「え?」
「もう善のこころは存在しない、自分はもう人間が信じられない──そんなようなことを言ったんだ。あいつ」
珍しく真面目な顔をしてレイドが言った。
「でも、あいつがしていることは、人間はおろかこの大地まで壊してしまう。このままでは、サナだけではなく、おれたちもじきに動けなくなってしまう。リクウェアの人間も危ない」
「──もう一刻の猶予もないんですのね」
「そう。残されたわずかな時間でおれたちが選べる選択肢は一つ」
「――封印」
こくんとリクシュがうなずく。
「問題は方法…だね」
リエルがため息をついた。
「方法は二つあります」
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