蒼穹への扉
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「知っているよ。彼がリクウェアに現れる前から。さらに言うなら、彼は一人じゃない。もう一人、彼と同じ姿をした人物がいる」
「……どういう…こと?」
  訊ねたところで、ルリアはハッと思い出したように、言葉を呑みこんだ。

──すまぬ……。だが、今日しかないのだ。彼が眠っている今日しか…──

「――エビ…ドュ……」
  すっと自然に「彼」の名が出た。
「ルリア……」
  驚いたように、リクシュが瞳を見開く。
「え……?」
  名を呼ばれて我に返ったルリアは、自分が先ほど口にした名を覚えてはいなかった。
(僕たちの話に同調して、少しずつ思い出しかけているのかもしれない…)
  だが、無理に思い出させるようなことはしてはならない。本来ならば、まだ取り戻すことなどありえない記憶なのだから。
  どんなに今、ルリアの力が必要であっても、それは穏便に行わなくてはならぬ。どんなことがあっても、彼女の心を無視するようなことをしてはいけなのだ。
  不安そうに自分を見るルリアに心配ないと小さく笑った。
  そうして、「少しややこしい話になるけど」と前置きをして、トゥティノともう一人の「彼」について話し始めた。
 

 リクウェアに現れる前から、リクシュたちはトゥティノのことを知っていた。
  それは、昨年といった単位ではなく、もっとずっとずっと昔から。
  ルリアがリクウェアに生まれるよりも前から――。
  「――彼は人ではない」そう、リクシュが告げたとき、ルリアは大きな瞳をさらに大きく見開いた。
  では、彼はいったい何なのか。
「リクシュたちと同じような何かの『こころ』なの?」
  ルリアの問いに、リクシュは「少し違うかな」と首を傾けた。
「彼はね、人間の――心の象徴のようなものかな」
  人間には、生まれながら「悪」と「善」が心の中に存在している。
  どんな賢人であっても、どんな盗人であっても、だ。
  ただ、普通なら人はそれぞれのバランスをうまくとりながら生きているのだ。
  心が善に傾く分にはなんの問題もない。だが、一度悪に傾いてしまえば、なかなか元に戻すのは難しい。
  だから、人は時々立ち止まり振り返る。
  自分のしてきたことを確かめるために立ち止まる。そうして、また前に進む。
  己の進むべき道、たどってきた道をしっかりと見据えながら。
  人はそうやって生きているのだ。
  だが、時には悪に心を奪われてしまう人も現れる。心を悪に奪われてしまった人の心、そしてどんな人にもある「悪」な部分。そういったものが集結して、生み出してしまったもの──それが……
「エビドュ――だわ……」
  思い出したように、ルリアは呟いた。
  エビドュは人間の悪の象徴。そして、それに相反する善の心から生まれたのが、トュティノ──。
  どうしてこんなに大切なことを忘れてしまっていたのだろう。
  彼らは姿を変えたわけでも、名を変えたわけでもないのに。
  ずっと昔に会ったときと何も変わっていないのに――。
「当たりまえだよ。今のルリアは記憶が封じられているんだから。その証拠に、そこから先のことは覚えていないでしょう?」
「覚えて――」
  いるわ、と言おうとして、ルリアははたと考え込んだ。
  彼らの姿は覚えている。
  彼らの名も思い出した。
  会ったことがある、という事実も鮮明に記憶している。
  では、それはいつだった?
  彼らと会って、自分は何をした?
「ルリア、無理に…思い出そうとはしないで……」
  うつむいてしまったルリアに、心配そうにフェリィが声をかける。
「今はまだ……ね?」
  こくりと頷く。
  リクシュはそれを見て、ゆっくりと再び話を始めた。
「彼らのしようとしていることはたったひとつ。恐らくそれは今も昔も変わってはいないはずだ」
  彼らの望み――というより、エビドュの望みといったほうがよいかもしれない。
  それは人類の破滅。
  人間をこの地上から消し去ること。
  これまでも何度かこの惑星から人間を消そうとしてきた。その度にリクシュたちが阻んできた。
  エビドュは人間はいつかこのほしを滅ぼす、それならその前に人間は消すべきだと主張していた。
  けれども、リクシュたちはその考えに否を唱えた。
  たとえそのようなことが仮に起こったとしても、人には生きる権利がある。それに、そのような人間ばかりではないことは、ルリアがそれだけ人を愛していることからもわかる。
  だが、エビドュは己の考えを変えようとはしなかった。
  そして、断固として自分が信じることを実行しようとした。
  このままではいけない――そう判断したリクシュたちは、トュティノの力を借り、トュティノ自身が自ら眠りにつくことで、ついにエビドュを封印した……。それは今から遠い昔の話だ。
  それがなぜか何者かによって、その封印が解き放たれてしまったのだった。
  リクシュたちは焦った。
  エビドュが復活すれば、再びこの世界は乱れてしまう、と。
  今、エビドュはまたしてもこの世界から人間を抹殺しようと企んでいる。
  彼の人間に対する怒りはそれほどまでに強いものであった。
  それがなぜなのかはリクシュたちにはわからない。
  いや…正直言えば、なんとなくではあるがわからないわけではない。
  長い眠りから再び目覚めたとき、目の前に広がっていた光景は無残にも荒れ果てた大地。そして、そんなこのほしの姿に気づきもせず、自分の欲を満たすために戦う人間。
  屈折したエビドュの地球に対する思い──…。
  それだけ、彼はこのほしを愛しているのかもしれない。あくまでも推測ではあるが。
「悲しい人…ね……」
  ルリアは目を細めた。
  けれど、それはそれ。彼のしていることを許すことは断じてできない。
  それでは、これからどうすべきなのか、と問うルリアに、リクシュはうんと頷いた。
「実はね、気になっていることがあるんだ」
「なぜ、トュティノがエビドュと共に行動をしているかってことだろ?」
  本来ならば、エビドュとトュティノは相反する立場にいる。
  エビドュが「悪」ならば、トゥティノは「善」。エビドュが「闇」ならば、トゥティノは「光」。
  同じ立場で行動することは考えられない。なのに、今、彼らはどう見ても行動を共にしている。
  リクシュたちが彼らの動きを知ったときからずっと。それは、リクウェアに侵入してからも変わらない。
  このままではいずれリクウェアも、外の国と同じ運命を辿る。
  そうなってしまったら、何もかもが終わってしまう。
  エビドュはきっと、それを成し遂げしまうだろう。それが彼の願いだから――。
  そうなる前に彼の暴走を止めなくてはならない。
  だか、今の彼らにそれを止める術は何もないのだ。
「――封印、ってさっき言ったわよね? それはできないの?」
  ゆっくりとフェリィが首を横に振った。
「封印は私たちだけではできない。ましてや今は――」
  リエルが言葉を濁す。
「私の力が足りない、のね」
  彼女の心を慮って、ルリアが自らその続きを口にする。
  「女神」としての力を覚醒していないルリアでは、彼らを封印することはできない。そしてそれ以前の問題として、トゥティノ、あるいはエビドュの自らの意思がなくては不可能なのだから。
「どうすべきか…」
  四人は同時に大きく溜め息をついた。

 

 
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