「リクシュは?」
ルリアの問いにリクシュは少し困ったような顔をする。
「──本当は、立っているのだって辛いんじゃないのかい?」
「リエル…」
リクシュは心配気に自分を見つめるルリアに笑顔を向けた。
「大丈夫だよ。ぼくは」
「本当?」
「──今は、ね」
辛い、と言ったところでどうにもならない。いや、それよりもそういった類の言葉を口にすることで、己の気持ちが萎えてしまうのが怖い。
だから、リクシュは笑顔を向ける。
「どうすんだい」
リクシュは黙ったままルリアを見つめた。
リクシュと視線のあったルリアは、じっと目をそらさずリクシュを見つめ返した。
「まだ…駄目なんだ…」
「――さっきも言っていたわ…いったい、なんでダメなの?」
ルリアにも、今この状況が切羽詰っていることはわかる。
レイドの言うとおり、いつまでもこうやって耐えていていいはずがないのだ。
なのに、リクシュはさきほどから「まだ」の言葉を繰り返す。
それは、恐らくルリアが来る前から何度も口に出された言葉なのだろう。
レイドがしびれを切らすほどに。
ルリアにはリクシュがどうしてそこまで「とき」にこだわるのかがわからなかった。
リエルは小さくひとつ息をつくと、黙り込んでしまったリクシュに変わって答える。
「――あたしたちだけじゃ、どうにもできないんだよ」
「どういうこと? 私たちだけじゃだめって、だったら誰が手を貸してくれるというの?」
「ああ、ごめん。違うよ、言い方が悪かったね。ルリア――」
「リエル」
とっさにリクシュがリエルの言葉をさえぎる。
それに対して、リエルはバンとテーブルを強く叩いた。
「いつまでそうやって黙っているつもりだい。あんたがそうやって黙っていることで、よけいに傷つく人がいるってこと、あんたはわかっているのかい?」
ハッとなってリクシュはルリアに目をやる。
ルリアは先ほどからずっとリクシュを見つめたままだ。
悲しげな瞳で。
どうして、と自分に問い、そしてリエルの言葉を心の中で反芻する。
――もう……私に隠しごとはしないで――
(僕は…ばかだ……)
どうしようもなく恥ずかしくなり、リクシュは素直に頭を下げた。
「ごめん…約束したのに」
「――リクシュ……」
「ルリア……僕たちがまだ動けない理由はね……今のままではリクウェアもこの世界も守ることができないからだよ」
「どう……して?」
「さっきリエルも言ったように、僕たちが今どうにかしようとしてできることなんてたかがしれている。せいぜいこのほしが滅び行くスピードを緩めるくらいだ」
リクシュの告白は、ルリアに強い衝撃を与えた。
ここにくれば、リクシュに会えばリクウェアを救う手立てが見つかると信じていた。
けれど、それはできない、とリクシュは言うのだ。
だったら、どうしたら…どうしたらいいのだ、自分は。
兄や両親、スエレナを犠牲に自分は城を出ることができた。
クイントやテキス、そして多くの村の者たちを危険にさらしてまで国を脱出した。
なのに――。
約束したのに……。
「どうにかできないの? だって、そんなこと言っていたら、私はっ!」
「――ルリア」
何かを言おうとして、ひどく迷っているように見えた。
何度か口をあけては閉じる、を繰り返して、ようやく決心したリクシュは、大きく息を吸ってからゆっくりとした口調で言葉を続けた。「君の力が…必要なんだ」と。
ルリアは彼が何を言いたいのかわからずに、一瞬きょとんと何度か瞬きをした。
「どう…いう……」
訊ねようとして、何かを言いかけた途端、ルリアの脳裏にぱっと明るい光が差し込んだ。
何を――リクシュが何を言わんとしているのか気づいたのだ。
リクシュが何を待っているのか、何を求めているのか。
『女神』――その言葉が強くルリアにのしかかってくるのを感じた。
「でもっ、私はっ!」
何も覚えていない、何の力も持っていない……。
瞳を伏せる。
自分で自分を否定することをほど、辛いものはない。
今、このときほど己のことを情けなく思ったことはなかった。
どうして、と何度も心の中で繰り返す。
なぜ自分はこんなにも役立たずなのだろう。肝心なところで。
だが、リクシュは相変わらず優しい瞳で、ルリアを見つめ、そうしてゆっくりと首を振った。
「ルリア、君は覚えていない? あの火事のとき自分が何をしたか」
「火……事?」
「村であった火事。僕がいない間に起こったでしょう?」
ああ、とルリアは頷く。
火に包まれた家。その中に残されてしまった一人の子ども。
泣き叫ぶ母親を見て、思わず炎の中に飛び込んだ。
激しく燃え盛る火の海で、ようやく見つけた子どもとともに、そのまま閉じ込められて――その後のことは覚えていない。
気づいたらベッドの中だった。
そうして、クイントが助けてくれたことを教えてもらったっけ。
あのときは、ずいぶん無茶をしたと、我ながら思ってしまう。
周りにもそうとう心配をかけてしまった。
でも、それがなぜ?と、ルリアは不思議そうに、リクシュを見やる。
「あのとき、君にはほんの一瞬だけれど、力が戻っていた。たとえ記憶が戻っていなくても、今、たとえただの人間であったとしても、きっと『女神』としての力はあるんだと…思うんだ」
「――それを待っているの? 私が取り戻すのを?」
「完全に取り戻すのはまず難しいと思う。けど、ほんの少しでいいんだ。何か突破口になるものがきっとあるはずなんだ。君の力だけではなく…もっと他にも」
最後の言葉はルリアに気を使ってのことなのだろう。すべての期待をルリア一人に背負わせることはあまりにも酷だから。
「――リクシュ、もう一つ、ルリアに告げてないことがあるんじゃないのかい?」
それまで黙って2人のやり取りを聞いていたリエルが口を開いた。
「もう一つ?」
リクシュは先手を打たれて、少しばかり困ったように笑った。
「さっさと言っちまいな。そのほうが楽になる」
言われて、リクシュはがばっとルリアに頭を下げた。
「ごめん。もう一つ、君に告げていないことがある」
「本当にもう一つだけ?」
うん、とリクシュは頭をかいた。
「本当に、本当に?」
「うん、これで最後」
「わかった。で、それは教えてもらえるの?」
うん、とリクシュはバツが悪そうに頷いた。
そうして、リクシュはテーブルの上においてあった紙とペンを手に取った。
「ルリア、今、リクウェアを支配しているのは?」
「――表向き、上に立っていることになっているのは、セヌエフだわ」
リクシュはそのまま「リクウェア―セヌエフ」と書き付ける。
「僕は実際に彼を見ていないけれど、たぶん、彼はただの人間だ」
「クイントと同じトルキア出身だって兄様が言っていたわ」
「そうか…」
「紅茶ですわ」
長くなりそうな話に、気を利かせたフェリィが紅茶を入れてきてくれた。
カチャカチャと軽い音をたてながら一人ずつ紅茶が行き渡る。
「『表向き』ってさっきルリアは言ったね。じゃあ、ルリアはそれ以外にリクウェアを支配している人間がいる、と感じたんだね?」
「ええ」
そういえば、リクウェアに異変があったとき、すでにリクシュはいなかったのだ。
詳しいことを知っているはずはないと思い、ルリアは付け足す。
「城に異変があったとき、私はテキスと城に戻ったわ。でも、そのとき私たちの前に姿を現したのは――」
「トゥティノ」
ルリアははっとなってリクシュを見る。
「どうして……知っているの?」
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