その入口に小さなバスケットが落ちていた。サナが手にしていたものだ。
中にはたくさんの真っ赤な野いちごが入っていた。傾いたバスケットの中から、いくつか地面へと零れ落ちている。
「ここに…入っていったのかしら?」
「行ってみよう、フェリィ」
「ルリアッ!」
心配そうに名を呼ぶフェリィを振り返り、ルリアは笑った。
「大丈夫よ、だって、別にここには危険なことなんてないでしょう?」
一瞬、あっけにとられたように目を大きく見開いたフェリィだが、ルリアのそんな言葉に、プッと吹きだした。
「なあに?」
「いいえ、本当に話に聞くとおりですわね」
いったいリクシュはどんなことを吹き込んでいるのだろうと、少々不満に思いながらも、ルリアはずんずん洞窟の中を進んでいった。
洞窟の中は思ったよりも深く、しばらく歩くと、後方にあった入口の光が見えなくなってしまった。
何度か振り返り、それ以上進むべきかいなか迷いを見せていたフェリィだったが、何も怖れず先を進むルリアを見て、慌てて後を追った。
真っ暗な洞窟内を、足もとに気をつけながら進むうちに、直に前方からぼんやりと光が見えてきた。
ふわりと、優しい乾いた風も感じる。
「どこか穴の外に通じているのかしら」
フェリィは首を傾げた。
「だいたいの森の中は把握していたつもりだったんですけれど…こんな洞窟があるなんて…知りませんでしたわ」
言っているあいだも、だんだん前方は明るさを増していく。
やがて、先を行くルリアの足が止まった。
洞窟の最奥にたどり着いたのだ。
二人はそこで、息を呑んだ。
洞窟は別の場所に通じてなどいなかった。
洞窟の奥は行き止まりだったのだ。そこは大きな、空洞になっていた。
頭上からは柔らかな陽光が岩の隙間から差し込み、きらきらと美しく輝いていた。
だが、幻想的な世界とは裏腹にそこにあったものは……
「これは…いったい…」
数えきれないほどの――墓標。
大きさはまちまちであったが、地面いっぱいに墓標が立ち並んでいた。
その1つ1つに小さな花が一輪ずつ添えられている。
サナは洞窟の一角で立ち尽くしていた。
腕には真っ白なこうさぎを抱きかかえて。
永遠の眠りについてしまった小さな亡骸を、ぎゅっと抱きしめていた。
周りにはたくさんの動物たちが、その死を悼むかのように、悲しげな瞳をして控えている。
「サ…ナ……」
ゆっくりとサナは顔を上げた。
大粒の涙を浮かべて、サナは叫んだ。
「どうして! どうしてこんなにたくさん死んでしまうの!? もう、たくんさんよっ! 毎日毎日…いったい、どうしたらいいの、私はっ!」
「サナ……」
「動物も、精霊も…みんな逝っちゃう! このままじゃ、ここもだめにっ…」
ルリアはたまらなくなり、目をそむける。
ぐらり、とサナの体がよろめいた。
「サナッ!」
フェリィが倒れる寸前でサナを抱き抱えた。
「サナ、サナッ!」
ルリアとフェリィの呼びかけにもサナは応じなかった。
サナの額に触れたルリアははっとして手を引いた。
熱い…とてつもなく熱い。
「森で…何が起こっているの…? 私たちが気づかないところで……」
フェリィの言葉にルリアはサナが作った動物たちの墓をじっと見つめた。
「やっぱりもうこの森にも影響が出てしまっている……」
リクシュは頭を抱え込んだ。
「ごめんなさい。私がもっと注意してサナを見ていれば──」
フェリィは目に涙を溜めて謝った。
「フェリィが悪いんじゃない。フェリィだけじゃなく、あたしたちも気付かなかったんだから…まさかね…こんなにも早くあたしたち自身にも影響がでるなんて、思ってもみなかったからね…」
リエルは優しくフェリィの肩を叩いた。フェリィは泣きじゃくている。
ルリアはサナの側に座りタオルを変えてやった。
あれからサナはこんこんと眠りつづけていた。高熱も伴い、サナはみるみるうちにやつれていく。
風邪や病といった類のものではないと、リクシュはルリアに告げた。
彼女は生き物たちの「こころ」だ。ただでさえ、世界では多くの生き物たちが、人間たちが起こした戦の結果命を失っている。うさぎやりす、小鳥などの動物をはじめ、人とともに生きてきた精霊たちも。
その影響が自分たちに現れないわけがない、というのだ。
事実、みな以前に比べて自分自身の体の変化を感じている。心配かけまいと、他の者には言うことはなかったが。
誰もが大きな不安を抱えていたのだ。
いずれ、この場所も世界と同じようになってしまう日がくるのではないかと。
美しい緑も、あふれる清水も、何もかもがこの地上から失われてしまう日がきてしまうのではないだろうか――。
そうなれば、自分たちは――。
「いままで外の世界の森たちが、こうして姿を消していったのね…」
ルリアはたまらなく悲しかった。
自分の国の森も姿を消そうとしている。いや、ひょっとしたらもうなくなってしまっているかもしれない。
ルリアが国を出た時点で、みごとに生い茂っていた木々が、無残に姿を消してしまっていたのだから…。
「おい、リクシュいつまで泣き寝入りしてんだよ!」
レイドは何も言わずに黙って堪えているリクシュにいらいらをつのらせていっていた。
なぜこんなことになってしまったのか。
その理由ははっきりとわかっている。
原因はすべて――リクウェアに行けば……。
いや、今は「リクウェア」だ。
それ以前に、異変が起こりつつあることは認識していた。
決して終わらない戦。いくつもの国々が滅び、大切な自然が失われた。
それがどうしてなのか、自分たちにはわかっている。
誰が、そうさせているのかを。
なのに、リクシュは動こうとしない。
このままでは取り返しのつかぬことになるとわかっているはずなのに。
動こうとすれば、「まだだ」と引き止める。それの繰り返しだ。
――もうこれ以上我慢はできない。
もともとレイドは決して気が長いほうではない。だから、余計にリクシュの慎重な態度は目に付いたのかもしれない。
しかし、リクシュは相変わらず静かに首を振った。
「まだその時じゃないよ」
いつもと同じ言葉をリクシュは繰り返した。
レイドは立ち上がるとリクシュを睨み付けた。
「まだまだって、いつまでこうしているつもりなんだ! その時じゃないって? そんなこと言っている時じゃないんじゃないのか? え? こんなことしている間にもあいつらはこの世界を、滅ぼそうとしているんだぜ。わかってんのかリクシュ?」
「――わかってるよ」
「じゃあ、どうするんだよ。おれたちは何のためにいるんだ! わかってんのか? ここも外の世界みたいになっちまったら…このほしはっ!」
リクシュは何も答えずに立ち上がった。
そして窓辺に行くと大きく窓を開け放った。
「まだ、だめだ…」
ぶちん、とレイドの心の中で何かがはじけた。
怒りをあらわにしながら、リクシュに向かって一気にまくし立てる。
「ばかいってんじゃね─よ! お前、なんにもわかってないんじゃね─か!リクシュはここがどうなってもいいのかよ! てめ─はいつからそんな冷酷な奴になったんだ? てめ─のような奴にこのほしのこころを名乗る資格なんかね─よ! このほしを見捨てようとする…」
そこまで言って、レイドはぐっと言葉を呑んだ。
普段は柔らかなリクシュの瞳が冷たい刃のように鋭く自分に向けられている。
リクシュはそれでも淡々とした調子で言葉を紡いだ。
「僕だって、分かっているさ。この森を守るためには彼らをとめなきゃなんないのは分かってるさ。だけどいまここで下手に動いて、万が一のことが起こったらどうなると思ってんだ。すべてが失われてしまうことくらいレイドだってわかっているはずだろう。僕たちの自分勝手な行動で地球を壊すわけにはいかないだろ…。だから時が来るのを待つしかないんだ──」
それに、僕はこれ以上戦いで人が死ぬのを見たくはない──リクシュの大きく見開かれた目から一筋の涙が頬を伝って流れた。
そこで初めてレイドは気づく。彼はずっと堪えていたのだ。
リエルはそんな二人を何も言わず、ただじっと見守っている。
ふいと、レイドは視線をそらした。
「わかってる…さ…」小さくひとつ呟き、ばっと小屋を飛び出していった。
「レイド!」
ルリアは後を追おうとしたが、それをリエルが止めた。
「しばらく一人にさせといてやってよ」
「……」
「あいつは昔っからああなんだよ。ま、あれがいいとこでもあるんだけどね」
リエルは笑ってそういうとリクシュのそばに歩み寄る。
リクシュはぐいっと涙をぬぐうとリエルの顔を見上げた。
「──早くしないと、あたしたちもじきに動けなくなる」
リエルの言葉にルリアはえっとなった。
そんなルリアの反応を見て、リエルが説明を加えた。
「あたしたちは、いわば自然のこころ、つまり化身みたいなもんなんだ。サナがこうして倒れたのも、自然界のバランスが崩れて、生物の数が極端に減った影響なんだよ。あたしたちは、今、倒れるか倒れないかのぎりぎりの瀬戸際にいる。このほしで、正常な自然が残っているのは、今まではリクウェアだけだった。だけど、そのリクウェアでさえ、今では外の国と変わりない。大気が汚れ、風が傷つけばレイドが動けなくなる。大地が傷つけばあたしが倒れる。水が汚されればフェリィが──」
|