「――……」
「レイドは風の、リエルは大地の、フェリィは水の、サナは生き物たちの――僕は……」
「この…ほし…の?」
そう、とリクシュはひとつ頷く。
「僕たちはね、この自然と共に生きる道を後世に残すために生まれてきた存在。ずっとずっと昔にね」
「そ…んな……」
頭の中が混乱する。
リクシュが言ったことは、ルリアの想像をはるかに上回るものだった。
まるでお伽話のような話に、ルリアは返す言葉も見つからない。
だが、リクシュが冗談を言っているようには到底思えなかった。
「そして、君は――すべての心と共に生きるもの」
この世でたった1つの大切な存在。
すべてを優しく包み込み、人と、そして自然と共に生きる者。
「人は『女神』というね……君のことを――」
がんと、強く後頭部を打たれたような激しい衝撃。
リクシュは今何と言った?
(女神? 誰――が?)
私、が――……
「その聖碧球が証し」
胸にかけているペンダントを恐る恐る手にする。
「聖碧球は君を導いてくれた。だから、僕と君は出会えた。そして、ここにくることもできた。それは――」
この小さな蒼い玉の主はルリアだから。
「ま…待って…」
混乱した頭で、ルリアはリクシュの言葉をさえぎる。
「私はっ…何も!」
何も知らない。女神だなんで言われても、何もわからない。
「だって…あれは伝説で…私はリクウェアで生まれて……」
ただの人間だ。
人を憎みもすれば、ねたみもする普通の人間だ。
伝説に言われているような不思議な力も何一つもっていない。
「今は…ね」
「どう…いう…こと?」
「伝説の続き、聞いた?」
続き……
――人になりたいと願ったそうです。人と共に生きたいと――
ゆっくりとゆっくりと、長老の言葉がよみがえる。
「一時期だけでも『人』として生きられるように。そう彼女は願ったんだ。それはどう考えてもムリなことだった。けれど、彼女はどうしても人として生きたいんだと、今のままの自分ではだめなんだと言ったんだ。僕たちも最初は反対したんだけどね。彼女の――いや、君の決心が変わらないことを知って共に天に願ったんだ。そうして、それは天に聞き届けられた。彼女は人として一定期間を過ごすことを許された――」
それはほんのわずかなときだったけれど、人として生まれ、人として喜びや悲しみを感じ、そうして、やがては元の姿に戻り帰ってくる。この地に――。
「それが――」
リクシュは深く頷いた。
「信じられないのはわかるよ……今の君には過去の記憶もなければ、力もない。あるのはその聖碧球だけだから」
でもね、リクシュはルリアの手をとった。
「この世界は、もう限界に来てしまってるんだ」
そうして、それはこの世界にも顕著に現れている。
まず、美しい緑が少しずつ失われていた。
自然と人、そのバランスが取れていれば、こんなことは起こりえない。これは本来、あってはならぬことなのだ。
それだけ、均衡が崩れてしまっている証拠なのだ。
精霊の数もここ百年で一気に減ってしまった。自然から生まれる彼らは、その母たる場所が汚されれば、生まれてくることはできない。
リクシュは近くに落ちていた木の葉を一枚、ルリアの手のひらに置く。そうして、歌うように何かを言った。春風のような優しい声で。
途端、ルリアの手のひらに光が生まれる。
みるみる内にそれは小さな人の形を成していった。
先ほど見たものとは異なる精霊が姿を現す。
小さな精霊は、ルリアとリクシュを真っ青な瞳で見上げると、リンと鈴のような笑い声をあげて、ルリアの手のひらから飛び立っていった。
「人がこの大地で生き続けるためにも、そして彼らがいつまでも人と共にあることができる世界であるためにも――」
まっすぐにルリアを見つめる。
「君の力がどうしても必要なんだ」
「でも、私はっ」
「ごめん……」
「私は、女神なんかじゃないっ! 力も、そんな記憶もないのにっ」
「うん…本当ならば、今の君を巻き込みたくはなかった……。今の君は紛れもなくただの一人の女の子だから。女神でもなんでもない、ただ人だから」
リクシュに文句を言っても仕方がないのは分かっていても、ルリアは大きな戸惑いと共に、己のうちに湧き上がってきた怒りをそのままリクシュにぶつけた。
「じゃあ、私にどうしろっていうの! 私は女神じゃないのに! 何もできない私に何をしろっていうの!」
違う。
本当はこんなことを言いたいんだじゃない――……。
リクシュの沈んだ顔を見て、ルリアは続けて出かけた言葉を呑みこんだ。
「――ごめん」
ルリアとリクシュはお互い、何も言わずに黙りこくってしまった。
だが、やがてルリアは立ち上がり、リクシュに緑色の袋を差し出した。
「?」
顔を上げて不思議そうにルリアを見上げるリクシュに、「吹いて」とだけ言うと、袋を渡した。
見覚えのある袋。
すぐに、自分がリクウェアにおいてきたものだと気づく。
リクシュは中から笛を取り出した。
久しぶりに奏でる音色。
澄み切った空に吸い込まれていく。
それはまるで天使の歌声のようだった。
リクシュは奏し終えると、じっと笛を見つめた後、それをルリアの手に渡した。
「この笛…ルリアが持ってて」
「え……」
「ぼくのは───ほら」
リクシュは腰からもう一本笛を取り出す。
「この笛とこの笛は対を成すもの。二つあって始めて真実の音色を奏でるもの。だから、ルリアに持っていて欲しいんだ」
「リクシュ…」
「ね」
リクシュは静かに頬笑みながら頷いた。
笛を受け取ったルリアはしばらく黙って笛を見つめていたが、不意に顔を上げると、リクシュの瞳を見た。青く、どこまでも澄み渡った大空のような瞳を───。
「私は自分が一体何なのかまだわからない。でも、私はリクシュを信じている。だから、リクシュももう……私に隠しごとはしないで」
「ルリア……」
「もう、私だけ何も知らないのはいやなの。女神のことも、外の世界のことも」
「──ごめん…」
ルリアは首を横に振る。
何もリクシュが悪いのではない。
みんな、自分に気を使ってくれていたのはわかっている。
話そうと思っても、いえないことは山ほどあるのだろう。
けれど、その結果、何かをすればできたときに、何もできない状態になってしまうのはもういやだった。
これ以上、悔しい思いをするのは――いやだ。
「リクシュ、笛の吹き方、教えてくれる?」
リクシュは嬉しそうに微笑んだ。
光に満ちた空間を、優しい風が駆け抜けていった。
それに応えるように、緑がさわさわと揺れた――。
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