隣にいたリエルが肘で思いっきりレイドの横っ腹をどつく。手加減なしだ。
うげっと声をあげ、レイドはその場にしゃがみ込んだ。
「ほらな……」
リエルは苦笑している。
「――……」
突然現れた少女たちに、どう反応していいか分からず、目をぱちくりさせているルリアを見て、リクシュがフォローした。
「ぼくの仲間、だよ」
「――仲…間?」
「うん」
「安心しな、兄弟みたいなもんだから」
ふふっとリエルが意味ありげに笑った。
ルリアはリエルがなぜそのようなことを言ったのかを理解して、耳まで真っ赤にしてうつむいた。
「――リクシュの意地悪……」
ぼそっと呟く。
「なんで、ぼくが〜」
「自業自得って言葉を知ってるかい?」
むーとリクシュは口をつぐむ。
「とりあえず、まずはきちんと説明してあげるんだね。じゃないとほら、彼女、混乱しているよ。毎度のことだけどね」
「だなー。頼んだぜ、リクシュ」
ひらひらと手を振りながら、リエルとレイドが部屋を出て行く。
「あらあら……逃げるのがうまいですわね、二人とも。じゃあ、私も。ほら、いきましょ、サナ」
そうして、二人に続いて、残りの二人も仲良く部屋を出て行った。
扉を閉める間際に、一番幼いサナが「ばいばーい」と手を振っているのが見えた。
2
少し外で話さないか、といわれ、ルリアは素直にリクシュに従った。
リエルが出してくれた服に着替え、「無理をしないでくださいね」というフェリィの気遣いの言葉に軽く会釈して小屋の外へ出る。
途端――息を呑む。
目に飛び込んできたのは鮮やかな緑。
予想もしなかった風景に、ルリアはしばらく動けないでいた。
「ここは…どこなの?」
ようやくその言葉が出たのは、数分後のことだった。
リクシュは小さく笑むと、手招きをする。
「こっちだよ、ルリア」
ルリアの問いには答えず、リクシュは先にたって歩き始めた。慌てて、彼の後を追う。
緑の中にある一本の道。短い草で覆われたそれは、まるで緑色の絨毯のようだ。
脇にはちらほらと黄色や白色、桃色といった様々な小花が咲き乱れている。どれもリクウェアでは見たことのないような珍しいものだった。二人が通るたびに、ふわりふわりと花弁を揺らすさまは、実に幻想的なものだった。
「ここなら、出てきてくれるかな」
しばらく緑の中を歩いた後、リクシュの足が止まった。
小さく何かを呟くと、ようやくルリアのほうを振り返る。
「ルリア、ここに座りなよ」
そこは少し開けた空間になっていた。横たわっている一本の木を中心にとして、周囲の木が枝だけを伸ばしあい、ちょうどその上空で一つに絡み合っている。そう、ドームのように。
自然では成されえない不思議な木々の形に、ルリアは不思議そうに天を仰ぐ。人工的に作られたものかとも思ったが、周りを見る限り、とてもではないが人の手が加えられたもののようには見えなかった。
天からは優しい光がキラキラと降り注いでいる。
なんて美しいのだろう。
緑あふれる大地と言われたリクウェアといえども、このような場所はなかった。
ここはどこ、と再度ルリアはリクシュに問う。
「――地図にはない場所だよ、ここは。説明するから、とりあえず座りなよ。ずっと立っているつもり?」
いわれて、大人しくリクシュの横に並んで腰を下ろした。
「リクウェアの外の世界でも、リクウェアでもないところ、といってもわかりにくいよね」
「地図にないっていうことは、あるのに記載されていない、ということなの?」
「少し違うな。ここは隔絶された場所なんだよ。『ひと』の世界とは」
「――わからないわよ、リクシュ……」
理解できない話を続けるリクシュに、ルリアは頭を振った。
「長老さまも、リクシュも、父様も……何を言いたいの? ここはどこ? なんで私はここにこなければならなかったの?」
ごめん、と小さな声でリクシュが謝る。
それがルリアの心にさらに大きな傷を作ったことをリクシュは気づかない。
ルリアの頬に幾筋もの涙が流れた。
ぐっと言葉を呑み込み、ルリアはリクシュに背中を向ける。
「――ルリ…ア……」
肩にかけようとした手をルリアは拒み、声を殺して泣いた。
そこでようやく、リクシュは己の不用意な言葉が、彼女の瞳に大粒の涙を抱かせてしまったことに気づいた。
(いつも、いつもこうして後悔してばかりだ、僕は)
傷つくことを怖れて、大切な一歩を踏み出せないでいる。そうしているうちに、自分どころか、彼女までをも傷つける。
何度も何度もそうやって、それじゃだめなんだとわかっていたはずなのに。
彼女はなぜ今泣いている?
再会したときの喜びの涙とは異なるものを、どうして流している?
(――それは……僕が隠しているからだ――)
真実を告げることで、さらに彼女が傷つくことになったとしても、今ここで自分には告げる義務がある。
ずっと隠し続けることはできないのだ。いずれわかってしまうときが必ず来る。それも遠くないいつかに。
思いがけないところから知ることになれば、彼女の心はもっともっと深い傷をおってしまうだろう。
リ……ン……
不意に軽やかな鈴のような音がリクシュの耳をくすぐった。
――りくしゅ、りクしゅ、だいじョうぶ――
舌足らずな声の主はそのままルリアのもとへと飛んでいく。
温かい何かが、ルリアの頬に触れた。
(な…に?)
顔を上げたルリアの視界に飛び込んできたのは、虹色の羽根を持つ小さな人に似た者の姿。それが、お伽話で聞く「精霊」だと気づくのに、数分を要した。
――なかないデ、るりア――
驚きのあまり、ルリアは固まったまま動けないでいる。
小さな声に励まされるかのように、リクシュは口を開いた。
「ルリア――ここはね、『こころ』があるところなんだ」
リクシュは立ち上がると天を仰いだ。
「風の『こころ』、大地の『こころ』、水の『こころ』、人間以外の生き物たちの『こころ』。そして、この惑星の『こころ』――」
ルリアはようやっと落ち着きを取り戻すと、ゆっくりとリクシュを見上げた。
「――リクシュ…」
「だから、そういった精霊たちがここにはまだいるんだ。彼女たちにとってはここは生まれ故郷のような場所、なのかな」
ころころと鈴のような軽やかな笑いが聞こえ、すーっと2人のもとから遠ざかっていった。
――がんばっテ、だいじょうブ――
そう言い残して。
優しい心の持ち主を見送ると、リクシュはルリアに目を向ける。
美しい翠色の瞳を真正面からしっかりと見据えて、心にあるだけの勇気を振り絞って、己が目の前の少女に伝えるべき言葉を紡ぐ。
「僕たちはその『こころ』――
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