蒼穹への扉
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 その日、王と王妃は自室でくつろぎながら、午後の安らかなひとときを過ごしていた。窓からは心地よい風が吹き込んでいた。 本当に久しぶりの静かで穏やかなひとときだ。祭りが終わってからも東部地区のことで色々とせねばならぬことがあり、忙しい日々が続いていた。気の緩む日はない。東部地区の様子がここ二三日おかしいとそんな報告が入っていた。警備の数を増やす。だが、民に余計な心配は与えまいと、それも控えめだ。
 娘ルリアは村へテキスと共に久しぶりに出かけていた。こんな時期であったから、少々不安ではあったが、理由も告げずに城に閉じこめておくこともできまい。
 また、ルリアが長い間村に行かなければ、民も不安に思うかもしれない。いつぞやは、風邪で一週間以上寝込んだルリアを心配して、村人たちが城まで押しかけてきたこともあった。

 思い出していた王の頬は知らず、ゆるんでいた。
「まあ、どういたしましたの?」
 王妃は竪琴を弾くのをやめる。
「いやいや…。それよりそろそろお茶にしないか」
 王妃は静かに微笑むと、竪琴をしまった。そうして、呼び鈴を手にし、軽く振る。チリリンと軽やかな音が響いた。
 直ぐに一人の侍女がやってくる。「お茶を…」彼女に王妃は柔らかな声でこういった。
「ハートレイたちにも」そう付け加えることも忘れなかった。
ティータイム
  息子ハートレイは書庫で、スエレナに手伝ってもらいながら、本の整理をしていた。
「今日のお茶は?」
「見てのお楽しみですわ」
 王の問いに、王妃はにっこり笑った。日々のお茶のメニューは王妃直々に選んでいる。
時にはコックにまざって、自らもお菓子を焼くことを好んでいた。そして、今日も王妃自らの自信作のものであり、昨日の夜、スエレナとともに作ったものである。
 いつまでも、遊び心と少女のような純真さを失わない王妃を王は眩しそうに見た。
「お前はまるで、ルリアのようだな」
「逆ですわ。私がルリアのようなのではなく、ルリアが私のようなのですよ」
「唯一の救いは、お前がルリアほどお転婆ではないということか…」
 王の言葉に王妃はころころと笑った。
「昔は私も随分お転婆でしたもの。それに───」
「それに?」
「私までルリアのようにお転婆でしたら、陛下は今頃、多くの悩みをお抱えになって、恐らくはベッドの上ですわ」
「なるほど」
 王は苦笑いしながらも、実際本当にそうならなくて良かったと内心胸をなで下ろした。
「陛下っ!」
 その時、兵士が一人駆け込んできた。
 さっと王は立ち上がると厳しい顔を兵士に向ける。
「どうしたっ」
 王がそう尋ねるよりも早く、外でわーという声が響いた。
 とっさに状況を悟る。
「ひとまず奥へっ!」
 数人の兵士が続いて入ってくる。
「早くっ」
 王はとまどう王妃の腕を半ば強引に引き、奥の部屋へと移動する。
 不安そうに自分を見上げる王妃に、王は「大丈夫だ」とだけ言うと、自分も剣を手にする。そうして、初めに入ってきた兵士に状況の説明を求めた。
「それが、気がついた時には城を囲まれておりまして…」
「東部地区からあれだけの人数が移動してきたんだ。分からなかったということはないだろう」
「いえ、それが全く分からなかったのです」
「東部地区を監視していた者がいるはずだ」
「はい、おります。ですが、そのような連絡は正午の時点では全くございませんでした。東部地区からここまでどんなに急いでも徒歩で五時間はかかります」
「馬でならそれほど時間はかかるまい」
「いえ、馬を使った形跡はございません」
「そんなばかな!ではどうやってここまで来たというのだ!」
「キャアッ」
 鋭い悲鳴と共にバタンと背後で大きな物音がした。はっとなって振り返った王は、信じられない光景を目にした。「ああ」と思わず声がもれる。
 王妃の喉元には、美しく光を受けて輝く剣が突きつけられていた──。一人の青年が傍らで静かに立っている。
トゥティノ
 瞳に深い憂いを湛えたその青年は、その信じられぬほど端正な顔に不気味な微笑みを浮かべていた。
「我が名はトュティノ。ティタニア王、観念されよ」
 それと同時に入り口からどっと人がなだれ込んできた。
 王を守ろうと剣を抜く兵士たちに、銃弾が浴びせられる。
「やめてくれっ」
 王は悲痛な声をあげた。

「──これ以上、殺さないでくれ」
 トュティノは王の言葉を聞くと、「やめろ」と静かに言った。
 銃声がやむ。
 だが、すでに兵士たちの命はこと切れていた。
「このヒトが王サマか?」
 銃を持った者たちの中から、ひときわ鋭い目をもった青年が歩み寄る。
「ああそうだ。セヌエフ。お前が今日からこの王に代わって、この国を統べるがいい」
 セヌエフと呼ばれた青年はヒュウと満足そうに口笛を吹いた。
「で、王サマはどうすんだ?」
「──お前は国を、私は王族を、という約束だったはずだ。それ以上はお前にも教える義理はない」 「そうかい。まあいい。すきにしな」
 トュティノは近くにいた者に目配せをすると、王と王妃を牢に、王子を南の塔に閉じ込めるよういいつけた。
(ああ、恐れていたことが起こってしまった…)
 ティタニア王は不安に揺れ動く心をトュティノに見破られぬよう、ぐっと唇を強くかみしめた。

 
 そのころルリアは村の子どもたちに混じって、湖の辺で花を摘んでいた。
 そこから、少し離れたところの大木の木陰にはテキスが体を横たえていた。ときどき、体を起こしては、ルリアの様子を確認する。
 頭上には青空が広がっていた。心地よい風がときどき森のなかを駆け抜けていき、同じ風に白い雲はゆったりとその身体を任せていた。
 クイントはいつものように、小さな子供たちに肩に乗られたり、背中に乗られたり、頭に花輪をかけられたりと、幼い天使たちのしたいがままにさせていた。文句一つ言うこともなく、子供たちの言うなりになっているクイントを見て、ルリアは笑う。
自分を見て笑むルリアの視線に気づいて、クイントは照れたようにぷいっとそっぽを向いた。
 ルリアはこの頃ようやくクイントの性格が掴めてきたのだ。
 最初のころは無口であり、どこか影のある様な気がした。
 祖国での醜い争いの過去から権力者をひどく憎む心を持つ彼を、ルリアは悲しい想いで、しかしながら、それを表に出すことなく明るい笑顔でクイントには接するようにした。

 
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