蒼穹への扉
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 長旅の果て、ようやくたどり着いたリクウェアは「楽園」のように見えた。
 外の世界とは正反対の光景がそこにはあった。
 あふれんばかりの緑。
 優しく大地を駆け抜けていく風。
 人々はみな陽気で明るかった。
 戦で苦しむこともなく、飢えで命をおとすこともなかった。
 そこは紛れもなく人々が夢見た大地。
 だが――。
(くだらない……)
 セヌエフには何もかもが偽善に思えた。
 笑顔を向けられても、その裏に何かあるのかもしれないと疑いたくなってしまうのだ。 
 今まで無償の笑顔など受けたことがなかったのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
   人の「善意」なんて信用できない。
 セヌエフは今までそういう世界に生きてきたのだから。
 だからセヌエフは割り当てられた村の者たちの好意を受け入れることができず、さっさと村を出た。そうして、やはり自分と同様にリクウェアになじめなかったものたちが住み着いている東部地区へと移り住んだのだ。
(そういえば……)
 セヌエフはふと思い出した。かつて故郷でセヌエフに「善意」とやらを押しつけた神父のことを。  逃げ出した仲間を追っていたときのことだった。
 昨日まで共にあった者が、次の日には目の前から消えてしまうなんてこと、あまりにも多くありすぎて、すでに何の感慨も湧かなかった。
 上官に命じられるままに、いつものように銃を片手に逃げ出した元仲間を追っていた。
 そうしてたどり着いたのは古びた教会だった。
 その教会はファランという商業都市の街外れにある小高い丘の上に建っていた。数ヶ月前の激しい戦闘以来、都市機能を失ってしまっていたファランに住むものはほとんどいなかった。なんでも、戦が始まった時点で都市の住民たちの多くは兵士を残して都市を離れたらしい。残った者たちも、都市が廃墟と化してしまったときに、他の土地へと移っていった。
 そんな都市にある教会になぜ、とセヌエフは疑問を抱きながらも、教会の扉を押した。ギイと金属特有の嫌な音を立てて、扉はいともたやすく開いた。

教会

銃を構え直し、一歩教会の中へと足を踏み入れる。

 カツン…

自分の靴音だけが聖堂の中に響き渡った。
 外はうす曇だと言うのに、ステンドグラスは光を集め、きらきらと静かな輝きを放っていた。

 正面に大きな女性を描いたステンドグラスが一つ。そして、両脇には幾何学模様と幼い子どもを描いた小さなものが二つ並んでいる。正面のものはこの地方で崇められているクルファラーという聖母のものだった。長い銀の髪を持つ聖母は優しい微笑を湛え、静かにセヌエフを見下ろしている。
 なんだかその視線に居心地の悪さを感じたセヌエフが入ってきた扉を振り返ったときのことだった。
「何をしにいらしたのですか?このようなところへ」
 黒い装束をまとった神父が一人ゆっくりとセヌエフの方へと近づいてきた。
 セヌエフは突然のことに内心は驚いたものの、それを表に出すことなく、逆にキッとなって神父をにらみつけた。
「ここに逃げ込んだヤツがいるはずだ」
「――ここは聖なる場所です。そのようなものを人に向けるのはおやめなさい」
 己に向けられる銃にたじろぐこともなく、神父はどこまでも穏やかな声でセヌエフに語り掛けた。
「ふざけるな、おまえ、知っているんだろう? ヤツを出せ。そうすればお前は見逃してやる」
 神父はそこで静かにため息をつくと、セヌエフの横を通りすぎ、正面のステンドグラスの前へと歩み寄っていった。
「あなたはどうして銃を取るのですか?」
 セヌエフを振り返り神父は訊ねる。
 セヌエフは答えに詰まり、口を閉じた。
 銃を取る理由――? そんなものあるわけないのだから。幼い頃、両親の元からさらわれ、少年兵として教育された。気付けばいつもそばに銃があり、自分はそれを手にしていた。理由などそこにはない。理屈が通じる世の中でもなく、「殺せ」といわれればそうするまえのことなのだから。
「あなたは理由もなく、それを手にしているのですか?」
「――……」
「己を守るためでもなく、ましてや誰かを守るためでもなく……それではあなたは何のために戦っているのですか? 名誉がほしいのですか? 財産がほしいのですか? それとも……」
「だまれ黙れ黙れだまれええっ!」
 神父の言葉をさえぎるように無我夢中でセヌエフは銃弾を打ち放った。
 ゆっくりと床に倒れこむ神父の身体。
 呆然とその場にたたずむセヌエフに向けて、神父は血まみれの手をさし伸ばした。
「あなたは何のために……戦っているのですか?」
 ゴフッと鮮血を吐く。
「神のご加護があなたにもありますよ…うに…。あなたがいつか本当に『あなた』を見つけることが……できます…ように…」
 微笑みながらセヌエフにそう言葉を残すと、静かにその場で息絶えた。
「神父様っ!」
 少年が物陰から飛び出したのはそのときのことだった。
 血まみれで倒れている神父を抱え起こす。
「俺の……俺のせいで……」
瞳にいっぱいに涙を浮かべながら、何度もその耳元で謝った。だが、神父のまぶたが開かれることは二度となかった。
「セヌエフッ!」
 青ざめた顔で少年は叫んだ。
「お前は人間ではないのかっ」
 少年の言葉にセヌエフは目を見開いた。が、それは一瞬のこと。いつもの冷酷な瞳に戻ったセヌエフは鼻でフンと笑った。
「お前は人間なのかよ?」
 問われた少年は驚きのあまり言葉を失った。
「そうやってすべてを他人のせいにして逃げ込んでいるお前も、オレとたいして変わりないんじゃねえの?」
「そんなこと!俺はお前とは違う!」
「どこが違う? お前もここに来る前には人を山ほど殺しただろう? お前の手もオレと同じさ。ほら、今だって真っ赤な血で汚れているじゃねえか」
 少年は自分を手を見、ぎゅっと下唇と強くかみしめた。
 
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