それは突然起こった。
何の前兆もなく、ある日突然光が首都を襲った。そうして次にやってきたのは深い深い闇。
自然では起こり得ないこと。そして人間が起こすこともできぬこと。だが、どこか作為的なものを感じさせた。
一瞬にして崩壊してしまった都市。一瞬にしてなくなってしまった国。
誰も何が起こったのか正確にわかるものなどいなかった。
人々は逃げ惑う。
だがどこに逃げればいいかも分からなかった。
なぜならば、光と闇は首都だけではなく、他の都市も、そして他の国も同様に襲ったからだ。
荒れ果てた大地にさらに追い討ちをかけるようにして起こったこのことをきっかけに、多くの国が崩壊した。
もはや、戦など続ける余力などあろうはずもなく、こうして長年にわたって繰り広げられていた戦は終わった。
誰もが望んでいたはずの戦の終結。
だが、人々はそこで初めて気づいた。
自分たちが生きていくための大地までをも失ってしまったのだと。
砂の下に埋もれてしまった都市。
生物が生きていくことができぬほど渇ききった大地。
淀んだ川。
立ち枯れた木々。
そう、すべては自分たちが引き起こしたことだ。
長年の戦の果てに自分たちは、己が生きていく大地を汚してしまっていたのだ。
このままでは自分たちは死ぬのを待つしかない――。
目の前に突きつけられたあまりにも衝撃的な事実。これから自分たちはどうすればいい? この大地を抱え、この大気の元で。
「幻の国」――。
そんな中、人々の間で囁かれる一つの言葉。
遠い遠い昔から人々の間で語り継がれてきた国の名前。
どこにあるのか正確なことは誰も知らない。
緑あふれる国。戦のない国。――幸せの国……。
それがリクウェアだった。
やがて、人々は噂だけを頼りにその幻の国を目指し始めた。
「お前が望むものをやろう」
それは首都が消えうせてから数週間が過ぎたときだった。
戦が終わった以上、自分に課せられるものもなくなり、大きな虚脱感に襲われていたセヌエフの前に、一人の見られぬ男がやってきた。
セヌエフはその男の容貌に不本意ながら目を奪われた。
腰の辺りほどまである男の銀の髪は夜空にさえざえと輝く月を思わせた。セヌエフの国では見られない髪の色。そして、長身の男はその端正な顔立ちには似合わぬほど、不気味な笑いを湛えていた。瞳はどこまでも冷たく、そして濁っていた。
自分もかなりひねくれた人間だとは思うが、目の前にいる男はそんな自分よりもさらに捻じ曲がった心を持っているように感じた。
「何をくれる?」
欲しいものなどなかった。したいこともなかった。
だから、セヌエフは男に問うた。「何をくれるのか」と。
男はスッと右手の人差し指で北の空を指差した。
「北へ行け。さすればお前が望むものが手に入ろう」
「北?」
思わず問い返した。
「そうだ。北だ。『幻の国』へ行くがいい。そこの行けば、お前が決して手に入れることができなかったものが手に入る」
「手に入らなかったもの…」
(そんなもの、あるか)
手に欲しいものは力を見せ付ければ簡単に手に入った。
望むものはすべて、だ。決して手に入らぬものなどなかった――はずだ。
「くだらぬか?」
まるでセヌエフの心を見透かしたかのように男は言った。
「では、お前がしたいことをさせてやろう。『幻の国』で」
「オレがしたいこと?」
「行けば自ずと分かろう。お前の心が欲していることが」
男はそういうと、笑った。
美しい顔立ちをしているのに、ひどく醜い笑みだとセヌエフは思った。どうしてこんなに醜く見えるのだろう……。
(北…「幻の国」……)
特にこの先何をする、ということでもなかった。
ただ、このままここにいることはできないだろう。
食糧は減る一方。新しく食物を育てようにも、それが大きく成長し、自分たちの口に入るようになるまでは、時間が必要だ。だが、それまで食いつないでいくことは難しいだろう。
自分の命に執着しているつもりはない。
だが、このまま己の命を簡単に捨て去るつもりも毛頭ない。
(結局、行くしかない……か)
そうして、セヌエフは翌日、故郷を後にしたのだった。
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