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それは、セヌエフの背後に見え隠れするひとつの影。
その姿をきちんと見たものは少なかった。が、ただひとつ、男の姿を垣間見たものが必ず言う言葉。
「あんなふうに冷たい瞳をみたことはない」
どこまでも冷たいそれは深海のような瞳をした男。セヌエフの瞳も冷たい印象を与えるが、この男の瞳はどこまでも冷たく、そして鋭かった。
霧のように現れては、風のように去っていく。
何ごとかをセヌエフにささやき、そしてふっと消える。
決して表に出ることはなかったが、その男がセヌエフに何らかの形で助力していることは、誰にも否定できなかった。
男が姿を現すたびに、セヌエフは東部地区の者たちに何かしら指示を与える。それは、武器を改造することであったり、食料を確保することだったりとそのときによって異なっていた。
はじめのうちは、ただの若造の言うことに従う必要などあろうものか、と考えるものもいないわけではなかった。
だが、セヌエフの指示を無視したものが、翌日姿を消したことがあった。何の前触れもなく。
元々、国が違う者たちが寄り集まった東部地区だ。自分には合わぬと判断すれば、何も言わずに出ていくものもいないわけではない。だから、人はそれほど姿を消した者のことを気に留めることはなかった。
だが、それが何度も続くうちに、人々はセヌエフに何かしらの原因を疑うようになっていた。しかし、それを口に出すこともなかった。
なぜならば、セヌエフが自分たちに出す指示はどれも自分たちのためになることだと分かっていたからである。
生活するには金がいる。だが、リクウェアの民たちと共に生きていくことを拒否した彼らがまともな商売で金を得ることは難しい。ならば――。
自分たちはリクウェアの民ではない。そして今後もリクウェアという国のもとで生きるつもりは毛頭ない。だから、リクウェアの法など自分たちには関係ない。
端から見れば、それはただの屁理屈かもしれなかった。
だが、彼らに取ってみれば、それは紛れもない真実であり、そして自分たちが生きるためには必要なことなのだった。
自分たちにも生きる権利はある。それをたとえ「幻の国」だろうが「緑の国」だろうが、邪魔する権利はないはずだ。
流入者である自分たちはこの国ではひどく肩身が狭い。ここに来れば今までとは異なる人生を送ることができると夢見てきたのに、やっぱりここも自分たちの故郷とさして変わることなどなかったのだ。
信じてきたのに。
すべてをなげうってきたのに。 |