蒼穹への扉
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テキスはふと思い出す。
 いつだったか、ハ─トレイの部屋でスエレナと三人でお茶を御馳走になっていた時であった。その日、いつものようにスエレナがルリアを探してハ─トレイの部屋を訪れてきたのがきっかけで、ルリアの話になった。
「全く困ったものですわ」
 スエレナの言葉に、ハ─トレイはスエレナの正面の椅子に腰掛けると、ふうとため息をついた。
「あの子は分かっていないのです」
「?」
「なぜ、こんなにも父上が自分に供の者をつけようとするのか」
 ハ─トレイはもう一度ため息をついた。
 「あの子は分かっていない」──確かに分かっていない。
 今、ルリアを目の前にしてテキスはそれを実感する。この幼い王女は、分かっていない。いや──周りが王女には教えていないのか──。そう悟って、一瞬テキスは口をつぐむ。そうだとしたら、自分が今、王女に伝えようとすることは間違っているのか?
「ルリアは剣を握れるか?」
 迷いを見せたテキスに代わって、クイントがルリアにそう尋ねる。
「剣?どうしてそんなものが必要なの?」
「ルリアは、剣をとることはない。ましてや剣で人を斬ることはできない」
「必要がないんだもの。あたりまえでしょう?」
「──ルリアが思っているほど、この国は平穏じゃない」
 ずばりクイントが言う。
 予想もしなかったクイントの言葉にルリアは呆気に取られる。
この国のことをよく知っているテキスに言われるならまだしも、この国に来てまだ数カ月しかたっていないクイントに言われたことがルリアを呆然とさせた。
「──どういうこと…?」
 テキスがここで決心をしたように、再び口を開く。
ここで何も語らず終わることはできない。たとえ王子たちが王女に話していないことだとしても、やはり王女には知ってもらわなければならないことなのだから。この国を統べる王族の娘として。
 甘やかすことは許されない。
 王女が真実を知らぬとわかった今、その真実を王女の目の届かぬところに再びしまいこむことなど、テキスにはできなかった。
 後で王子に怒られるならそれでも構わない。
 目の前の少女は真実を知ってもそれを乗り越えることができるだけの強い心を持っていることを自分は知っている。だからこそ告げよう。すべての真実。この国の現状を。
 テキスはルリアにひとことひとことかみしめるように語り始めた。
 この国は今、危機に瀕していた。危機、といっても決して戦などではない。
 リクウェアの外では世界的な戦が起こっていた。全てを巻き込んだ戦。多くの人が死んでいっていると聞く。そして多くの国が滅んでいっているとも。
 その中で、リクウェアは唯一戦に巻き込まれずにすんでいた。その要因としては、この国の地形がまず挙げられるであろう。
 リクウェアは四方を山に囲まれていた。それも中途半端な山ではない。三千メ─トル、一番高い山で五千メ─トルをゆうに越えている。つまり、この国に入るためにはこの山々を越えなければならないのだ。
 さらに、リクウェアは特殊な場所に位置していた。リクウェアの西には広大な砂漠がどこまでも続いていた。
 もちろん、昔から砂漠だったわけではない。ここ百年の間に砂漠化が進み、遂にはリクウェアの西数千キロは全て砂漠となってしまったという。
 北は、というとこれまた高い山々が続き、とても人が越えられるようなものではなかった。東は砂漠に負けじ劣らじ広大な海が続いている。唯一南には一つの国があった。王妃の故国でもあるこの国が、リクウェアが交易可能な唯一の国、といったところであろう。なぜなら、この国の更に南はやはり、海が続いているからである。
 つまり、大勢の兵士たちを引き連れてリクウェアを攻めることなど、愚行という以外ないのである。例え海を越えてやってきたとしても、最後の山々が自然の鎧となっていた。昔はリクウェアにも戦があったということであるが、少なくともここ百年は戦とは無縁の国であった。
 しかし、今度の戦は全世界を巻き込んだ戦である。戦自体に巻き込まれはしなかったが、それはリクウェアにも大きな影響を与えるものであった。
 生きる国を失った人々が一斉にリクウェアを目指しはじめたのである。緑に溢れた夢の国、リクウェアを目指して──。
 ルリアの父、ティタニアは長い旅の果てにリクウェアにたどり着いた人々を追い返すことなどしなかった。全ての人々を受け入れ、家を与えた。その人々が働けるようになるまでの一定期間は無償で食料を与えた。
 しかし、いくらこの国にたどり着ける人が少ないとはいえ、そうしているうちに、数年で外からやったきた人々はゆうに千人を超えていた。
 その分だけ食料が必要となり、土地が必要となった。しかし、そのためには森を切るしかない。元からのリクウェアの国民たちは森を切ることに異議を唱えた。
 リクウェアでは昔から自然と共に生きていた。それがこの国の理念を形成していた。生活に必要なものは自然から「分けてもらって」いる。分けてもらって使う分と、そのお返しとして新たに緑を植えることとのバランスが今まではうまく釣り合っていた。森を耕地としてしまえば、それが崩れてしまう。そんなことはさせない、と国民たちは反対した。
 王自身、それを心から望んではいない。だが、これからも増えるであろう流入者たちのことを考えるとそうも言っていられない。今はまだ天候も悪くないし、食料の貯蔵も十分なため確かに問題は起こっていない。だが、ひとたび悪天候のため冷害や干ばつが起こればどうなる。ただでさえ、他国との交易が難しいこの現状ではどうしようもない。
流入者のために自国の民を飢えさせるわけにはいかない──。
 王は決断した。「森を耕地に──」と。
 それぞれの村や街で一定の区画を保護地と定め、森の保護を義務づけた。その一方でさらに一定の区画を耕地とすることを定め、それ以外の区画についてはそれぞれの長老たちに任せる、としたのである。
 もちろん国民たちからの反発はあった。しかし、国民たちも王がなぜそのようなことをしなくてはならなかったかは分かっている。
 そういったこともあって、国民たちの間には、他国からの流入者に対して反感を持つ者も決して少なくはなかった。

 
 
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