蒼穹への扉
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 リクシュがいなくなってから何日が過ぎたであろう。
「どこに行ったっていうんだ?」
 ルリアは静かに首を振った。
 祭りの準備のときを境にして、来たばかりのころに比べれば、クイントの口数は徐々に増えていた。物のいい方も、少しずつではあるが柔らかくなってきている。
 しかし、今のルリアにはクイントのそんな変化も、気づくことができぬほど落ち込んでいた。
 今までにも、こんなことは何度かあったのは事実だ。
 いつもフイッといなくなり、しばらくしてヒョイと帰ってきた。しかし、いつもリクシュは自分がどこへ行っていたのかはひと言も話してくれなかったし、ルリアもリクシュが自分から口にしないことを無理に聞こうとも思わなかった。
 だが、今度は違う。今までとは違う気がするのだ。
 今までは、いくら突然とはいえ、出かける前にそれとなく直接ルリアに声をかけていったのだ。「出掛けてくるよ」と──。
 それが今回はなかった。
 本当に突然だった。何の前触れもなく、リクシュは行ってしまった。行き先も、帰る日も告げずに…。
 さらに、今回はリクシュが一番大切にしているはずの笛が残されていった。そしてその笛に添えられてあった言葉。それが、ルリアの不安をより一層大きいものにしていた。
 クイントはそんなルリアを見て思わず呟く。
「リクシュのバカ」
 おれはこんなルリア見たくないぞ、心のなかでリクシュに向かってぼやいた。
 いつも元気なルリアが、こんなにも落ち込んでいる姿を見るのはどこかさびしかった。けれど、不器用なクイントには、どうすればルリアが笑ってくれるかわからない。

ルリアを慰めることも、優しい言葉をかけることもできない性格だった。ただ、ひっくりかえって空に流れてゆく雲をじっと見つめていた。ルリアの隣りで。
 ──それが、いまクイントにできる唯一のルリアへの優しさの表現だった…。
空を
 ルリアがリクシュを探しに行くと言いだしたのは、リクシュが姿を消してから一月あまりたったある日のことだった。
 長すぎるリクシュの旅。
もしかしたら、もう帰ってこないかもしれない。そんな思いが日に日にルリアの心のなかで大きくなっていく。
「そのうち、帰ってくる」という周りの慰めも、虚しく聞こえる。
もう二度と会えないかもしれない。もう二度とリクシュはここには戻ってこないのかもしれない。根拠のない不安がルリアの心を乱した。
 いつかこんなことを言い出すだろうと思っていたテキスは、ルリアの言葉を聞いてもさほど驚きはしなかった。クイントだけが目を丸くして言葉を失ったあと、一つ溜め息をついた。
「王女は、リクシュがどこに行ったか見当がついているのか?」
 テキスの言葉にルリアは力なく首を振る。
「だったら、止めたほうがいい。この国中を探す気か?」
 テキスは思いのほか厳しくそう言い放った。しかし、ルリアも簡単には引き下がらない。ぐいとテキスを睨み付ける。
「リクウェアの中だったら、探して探しきれないわけじゃないでしょう?」
「リクウェアの中だったら、だろう?」
 今度はクイントが口を開いた。
「あいつは、この国の中にはもういないんじゃないのか?」
 クイントの予想もしない言葉に、まずテキスが「ばかな」と反応した。
 そんなことは、無理だ──。だいたい何のためにこの国を出ていく必要がある。今や外の世界になぞ行っても何もありはしない。それを一番よく分かっているのは、クイントお前だろうに。
 テキスの反論にクイントは宙を見やる。
「それでも、おれはあいつがこの国にはもういないような気がする──」
 確かな根拠はない。だが、そんな気が漠然とするのだ。
 あいつはもう、この国にはいない。
 そう心が告げる。強く、そして確かに。
「だいたいあいつがこの国にいるとしたら、こんなに長い間どこにいるって言うんだ?」
 この国は決して広いとは言えない。しかもいつもルリアと行動を共にしているリクシュだ。知らぬうちに顔が知られるようになっていることをクイントはこの数カ月で知っている。
 クイントの言葉にテキスがふむと考え込む。
「確かに、リクシュがまだこの国にいるとしたら、どこからかそんな話が流れてきてもおかしくはないしな」
「でも、確実にこの国にいない、ってわけじゃないわ。きっとどこかにいるのよ」
 そういったルリアの声も小さい。
 二人の言葉はルリアの心を締めつけた。そう、自分も一度は抱いた疑念だったから──
「どこかでって、どこで何をしているっていうんだ?この国で、王女に何も言わずに姿を消してしなくちゃならないことって何だ?」
「───」
「王女にリクシュは何を置いていった?手紙にはなんて書かれていた?」
 テキスは言葉を続ける。
「リクシュはこの国を出ていった可能性が高い。分かるだろう?」
 それに──テキスはそこで、言葉を飲み込む。
「それに?」
 テキスは一瞬ちらりとクイントの方を見やった。一呼吸置いて、開きかけた口をまた閉じる。
「───東部…のことか…」
 クイントがテキスの心中を察して自分から口を開く。
「───」
「おれは気にしていない。話を続けてくれ」
 テキスは小さな溜め息をつくと、ルリアの瞳を見つめる。いつになく厳しいテキスの顔にルリアは緊張する。
 いつもひょうきんなテキスだったが、時折別人のように真面目な瞳をするときがある。
 そんなときは、決まってルリアには手に負えぬような、大きなことが起こっている。テキスはそれをルリアに伝えるために、真剣な瞳を向けるのだ。
 未だ世間知らずの幼い王女を一人の人間として扱ってくれるテキスの瞳を、ルリアはじっと見つめ返した。彼の言葉をひとことも聞き逃さぬために。
「王女は、どうして陛下が王女ひとりで外に出るのを嫌がるか知っているか?」
「私が王女だからでしょう?」
「本当にそう思っているのか?」
「───それ以外に何の理由があるっていうの?」
「もしそうなら、どうして王子はひとりで外に出る?」
 ルリアは反論しようとして言葉を呑み込んだ。
兄のハ─トレイも、ルリアと同様に街に出るのが好きだった。それゆえ、わりとよく街へ下りていく。ルリアが城をこっそりと抜け出すようになったのも元はというと、ハ─トレイの影響するところが大きいのだ。
だが、テキスに言われてはたと気づく。兄はいつもひとりで出かけるではないか。だけど──
「兄様はもう私みたいな子供ではないから?」
「それもあるだろうが、あれでもあいつは王位継承権をもつ王子だぞ。それが供もつけずに一人でふらふら出かけても陛下は何も言わないだろう?」
 
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