蒼穹への扉
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当時王妃から「聖碧まつりパレードに対する意見書」を受け取った当時の実行委員長は今でもその時のことを「腰が抜けるほど驚いた。前代未聞の事件」と語るという。
 なんせそれまではたとえ意見があったとしても、代理の者を通じて申し入れがあるのが通常であり、王妃自ら委員会に乗りこんでくるということなどなかったのだから。
「あー、あれの性格はみごとにルリアに遺伝しているなあ」
 王はときおりそんなことを呟くほど、王妃はルリアのように今でもおてんばぶりを発揮する。今年のスエレナの衣装作りに関しての騒ぎも、そういった王妃の性格から起こったことであろう。
 何はともあれ、そういった過去の王妃の意見により、それ以来、毎年パレードではポプリが「幸せを呼びこむおまもり」となったわけである。
 今年の女神役スエレナが花車の上から香り袋をまくたびに、歓声がわく。
「スエレナ!」
 ハートレイが名を呼ぶ。
 歓声にかき消されて聞こえないと思ったのだが、スエレナはハートレイの声を聞き分けこちらの方を見上げた。それと同時にハートレイは窓から花束を投げてやる。天から降ってきた贈り物を上手に受け取ると、スエレナはにっこり微笑んで、手を振った。周りからは今までよりさらに大きな歓声がわき、人々の目がハートレイのもとに注がれる。ハートレイは照れたように、街の人々に手を振ってみせた。
「よくもまあ、聞こえたもんだな」
「『愛』の力よ、きっと」
「なに馬鹿なこと言っているんです」
 テキスとルリアのやりとりに苦笑いすると、ハートレイはクッキーをつまんだ。が、その目は去っていく女神を追っている。
 くくくとルリアとテキスは小さく笑うと、路上に目を戻した。
 パレードが行ってしまったところで、五人は主人に礼をいうと、『ティア』を出た。主人が、ここに残ってそのあとに行われる祭りのしめくくりである、宴、とどのつまりは料理と飲み物が振る舞われるわけだが、それに参加することを勧めたが、「後でまた」と丁寧に断ると、広場に向かった。
 パレードは終わったとはいうものの、これからの準備のために、道にはテーブルやら台やらが出され始めており、人々の人数は減ろうとしなかった。そのため、ごった返す道を避けて、裏道を通る。裏道でも同様に料理の準備に終われた人々が、動き回っていた。時々ルリアたちに気づいた者が、挨拶をする。
 そうして、ようやく広場に五人は到着した。すでにパレードを終えた花車がそれぞれ置かれ、上に乗っていた者たちは着替えを済ませていた。
「スエレナ」
 ハートレイがスエレナを見つけて、近寄っていく。
「着替えちゃったの?」
「ええ、さすがに動きにくいですから」
 そう笑ったスエレナは香り袋をルリアに手渡す。そして、リクシュとクイントにも一つずつ渡すと、続いてハートレイとテキスにも渡した。
「とっておいてくれたんだ」
「これは、王妃様と王様の分です」
 抜かりないな、とテキスは笑った。
「きれいでしたね」
 リクシュがお礼がてら、スエレナにそう言う。
「ありがとう。あなたがリクシュね。そしてあなたがクイント?」
 スエレナはリクシュの言葉に微笑むと、はじめまして、と挨拶をした。
「よくお分かりになりましたね」
「ええ。ルリア様にいつもお聞きしていますから」
「ぼくもいつもあなたのことは、ルリアから聞いています」
「まあ」
「『今日はスエレナに怒られた』とか、『スエレナは怒ると一番怖い』とか?」
 テキスが横から茶々をいれる。
「テキスッ!」
 怒ってこぶしを振り上げてぶつ真似をするスエレナを、ハートレイがまあまあとなだめた。
「じゃあ、わたしたち、行くね」
「一緒に行かないんですか?」
 ルリアの言葉にハートレイが問いかける。
「うん。村に行く約束をしているの」
「そうですか」
 ハートレイは少々残念そうにそう言った。
「お酒、飲みすぎないようにね」
 別れ際にルリアはテキスに向かって、意味ありげに笑った。その言葉にスエレナはふきだしたが、リクシュとクイントは意味も分からず、不思議そうな顔をしたあと、とりあえず別れを言うと、ルリアとともに村に向かって歩きだした。街と同様に、村でも今日は夜を徹してお祭騒ぎとなる。街で多くの人に囲まれて過ごすのもいいだろうが、ルリアは毎年、祭りの夜は村で過ごすと決めていた。だから、去年のテキスの騒ぎも知らなかったのである。
 去年のテキスの様を聞いた後ということもあり、多少兄たちと行動を共にするほうに心引かれた部分もあったが、それよりもやはりルリアは村に行きたかった。一緒に花車を作った子供たちと、祭りを楽しみたかった。きっと今ごろ、各々手にしたポプリを見せ合っているころだろう。
「ルリアー、はやくっ」
 ルリアは自分がもらったポプリを大切にポケットにしまいこむと、自分が来るのを待っていたリクシュとクイントに向かって駆け寄って行った。

 
 聖碧まつりは、大成功のうちに幕を下ろした。
 夜が更けてきたころ、ルリアを城まで送り届け、リクシュとクイントは村への道を二人で歩いていた。
「こんなのも、たまにはいいと思わない?」
「そうだな…」
 リクシュは夜空を見上げた。つられてクイントも見上げる。満天の星空だ。今日は月が出ていない分、空の星がいつもより輝いてみえる。
「――クイント…」
「?」
 風がビュウと吹いて、リクシュの言葉をかき消す。
「何か言ったか?」
 リクシュはそれには答えずに、淋しく笑った。
「じゃあ、帰るね」
「ああ…」
 去っていくリクシュの姿を見送った後、クイントはもう一度、空を見上げた。流れ星がスッと流れた。
(あいつ、何を言いたかったんだ?)
 どこか引っ掛かる去り際のリクシュの笑み。そして言葉。いつもなら「また明日」そう言ってリクシュは帰っていった。なのに、今日はその言葉がなかった。たまたま?そう思ってクイントは自嘲気味に笑った。
(考えすぎだ)

 ――ぼくがいなくなったら、ルリアを頼んだよ…――

 

「リクシュッ」
 叩いたドアの向こうからは何の返答もない。
「リクシュ」
 もう一度ルリアは戸を叩いた。
 やはり、なんの返答もない。ルリアは小屋の回りを、ぐるりと一周した。
「リクシューッ」
 リクシュの名を、声を張り上げて呼ぶ。しかし、どこからも、あの朗らかな返事はない。

――変だ…

 ルリアは首を傾げた。こんなこと、初めてだ。
 リクシュは大抵村にいるか、もしくはこの小屋にいる。大抵は――。

 
 祭りの翌日、ルリアはリクシュの小屋を訪ねた。祭りの後片付けを手伝うために、街へ行く予定だったのだが、約束の時間になってもリクシュは姿を現さなかった。そこでリクシュの小屋を訪ねたというわけだ。
「王女、入れ違いになったんじゃねえのか」
「そう…かな…」
 リクシュの気配が感じられない家の戸を、ルリアはそっと押してみた。
 ギッと音を立てて、戸が開いた。
 しかしリクシュの姿はそこにはない――。
 ルリアはきちんと整頓された薄暗い部屋の中で、中央に置かれたテーブルの上にある何かを見つけた。
「――」
 そっと手に取る。

『ルリアへ』

 そう表に書かれていた。
 わずかに差し込む太陽の光でルリアは、そのルリア宛の手紙を開いた。

『 ルリアへ
   ごめん、少し旅に出ます。
            リクシュ   』

 まただ。
 ルリアはそう思った。そして、少しばかり安堵した。
 リクシュはよく旅に出る。行き先も、そして日程も告げずにふいとよくいなくなった。ただ、突然「ちょっと出掛けてくるよ」との言葉を残していくのだ。そして、そういう時には大抵、こうして短い手紙が部屋の丸テーブルの上に置いてあるのだ。
「?」
 ルリアはいつもと同じような手紙の傍らに、リクシュがいつも肌身離さず持っていた笛が置いてあることに気づいた。
 笛は丁寧に布でくるまれ、緑の布でできた袋に入っていた。
「――…」
 袋のなかから、ひらりと小さな紙切れが舞い落ちた。
 ドクンと心臓が鳴る。

『 いつでも君のことを想って… 』

「リクシュ?」
(リクシュは、もう戻ってこないかもしれない…)
 そんな思いがルリアの心に影を落とした。
 リクシュが無事に返ってくるその日まで、胸の中にぽっかりと穴が開いたように、憂鬱な時がこれから続く――。
「王女?」
「――村へ…村へ行くわ」
 ルリアは振り返ると、強張った顔のままテキスに告げた。
「ここにいても仕方がない…わ」

 
 
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