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3
「こっちよ、こっち」
祭りでごった返す街をルリアは進む。時々立ち止まっては、後ろにリクシュとクイントが着いてきていることを確かめる。
花車は今朝ようやく出来上がった。たった二日で何ができる、と思っていた村人たちはその出来のよさに感嘆の声を上げるほどであった。色とりどりの花を散りばめ、四本の柱にはつる状の花を巻きつかせた。何日か後には枯れてしまい、その姿を失ってしまうであろう。今だけのまさに貴重なものだ。
その努力の結晶の花車のパレードが今から行われようとしていた。ますます人が多くなってくる。
パレードは城から真っ直ぐに伸びている道で行われ、町外れの広場まで続く。出発地点は城。ゴールはその広場である。パレードの後、花車は数日間広場に飾られるというわけだ。
そのパレードを見るために良い場所を得ようとしている。あらかた路上の良い場所は取られてしまっており、少しその場に遅れてきたルリアたちが入り込む余地など残されていはいなかった。
「どうする?」
ルリアは立ち止まって背伸びをしてみる。だが、人垣が築かれている中では、とてもではないがパレードを見られるわけはない。少々背の高いクイントも例外ではない。
「王女!」
困り果てていたルリアを呼ぶ声がした。だが、人込みの中ではその声の主を探すこともできない。周りを見渡すが、声の主は見つからない。自分のことを「王女」と呼ぶ人間は一人しか思い当たらないのであるが、その当人の姿は見えない。
「こっちだ、上」
「うえ?」
三人そろって上を見上げる。
と、窓から身を乗り出しているテキスの姿が目に入った。隣の窓からは兄のハートレイも顔を覗かせている。
「のぼってきたらどうだ?」
ルリアは家を見る。そこはお菓子屋の『ティア』であった。入り口では『ティア』の主人がルリアたちを手招きしている。
ルリアは後ろの二人の顔を見ると、「行ってみましょ」と主人の方に向かって歩きだした。
「お早うございます。ルリアさま」
「お早う」
「どうぞ、お二階へ。お二人ともいらっしゃいますよ」
「いいの?」
「かまいませんよ」
「ありがとう」
礼を言って二階へ続く階段を上る。リクシュとクイントも軽く頭を下げて主人の前を通る。
「あ、ルリアさま」
主人に呼び止められ、ルリアは二人を先に二階へ行かせると、自分は階段を下り、主人の元へ行く。
「これを」
主人が差し出したものは『ティア』名物のクッキーであった。小さなかごにぎっしりと詰められている。
「今朝焼いたものです。どうぞお二階でお召し上がりください」
「お二階を貸していただくだけでも十分なのに、こんなに沢山、いいの?」
「今日はお祭りですから特別です。街の人にも作った分は配りましたから」
主人はふっくらした体をうれしそうに揺らす。
「みなさんが喜んでくれれば、いいのです。お祭りの日は」
「『ティア』のクッキーならなおさらね」
「光栄です」
「ありがとう」
ルリアはかごを持って二階へと上がっていった。
「お、なんだ」
テキスがかごに気づいて、ルリアの側に寄ってくる。
「クッキーじゃねえか。どうしたんだ?」
「頂いたの」
「ほう、祭りだと『ティア』の親父も気がいいな」
「いただき」と一つつまむ。
ルリアはかごを近くにあったテーブルに置くと、窓際に近寄る。そして、窓から顔を出し、下を見下ろす。ちょうど中央を開けて、道の両端に人が溢れかえっている。
「あんな中にいたんじゃ、パレードなんて見られなかったわね」
「おれが王女を発見しなかったら、そうなってたんだ。感謝してもらわねえとな」
「するわ、感謝感謝」
心がこもってねえなあ、とテキスはぼやくと、もう一つクッキーを口に放り込む。
「あ、ルリア」
リクシュが道を指さす。パレードが近づいてきたようだ。白い馬にまたがった騎士が先導し、続いて同じく二頭の馬が続く。そして、花車が続く。
騎士の役目は普通、女神役をつとめる少女と同じ村のものがつく慣わしとなっていた。が、今年の女神役は村や町には住んではいない。だから、当然のことのように、実行委員会の役員たちは、城の男性陣に騎士の役目を、と考えたらしい。その騎士最有力候補として名があげられたのが、実は王子とテキスだったという。だが、あれこれともっともらしい理由をつけ、二人とも断ってしまったのだ。
「どうして断ったんですか?」
リクシュが首を傾げて二人に問うた。騎士役といえば、ずいぶんと名誉のあることではあったし、何よりも女神役を先導できる大役だ。間近でスエレナの女神姿を見ることも可能だろうに。
だが、二人は目を合わすと、どちらからともなくフッと笑った。
「あのな、騎士役ってのは大変なんだ。おれは面倒なのは嫌いだからなー」
「ああ、やっぱりそうだったんですね。まったくテキスは……」
「そういうお前こそどうして断ったんだ? 女神さまを守るナイトの役だぞ?」
「先導するだけですからね。ゆっくり見ることもできませんから」
「ま、そーだよなー。こうしてパレードを楽しむこともできねえもんな」
仮にも未来のリクウェアを支えることとなるかもしれぬ二人の、なんとも呆れるような理由にリクシュは不安を感じて思わずルリアを見る。
目が合ったルリアはにやーっと笑うと、リクシュの柔らかいほっぺたをぷにっと押した。
「何そんな顔してるの? このくらいで驚いてどうするの」
「だってえ」
神聖な祭り。その祭りの大役をこんなにも――
「軽んじてるわけじゃねーぞ。念の為いっておくけどな」
そうそう、とハートレイも頷く。
「私たちは単純に祭りを楽しみたいだけなんですよ」
国の民と一緒にね、と優しく微笑む。
「そんなにいちいち動揺しちゃだめよ。特にこの二人は。見なさい、クイントを。まったく動じてないじゃない」
なるほど、クイントを見れば顔色ひとつ変えることなく、今のやりとりを聞いている。
「いや……」
話をふられてクイントは口を開いた。
「さすがはルリアの兄妹だな、と思ってな――」
「何それっ」
「そのまま。別に他意はない」
「だーかーらー」
「ほらほら、パレードパレード。しっかりと見ていないと、自分たちがつくったものも見逃してしまいますよ」
ハートレイの言葉に、慌てて窓の外に目を向ける。
それぞれの花車には、その花車を作った村から数人が着飾って乗り込み、街の人々に手を振っている。花車はどれも美しく、趣向が凝らしてあって、見飽きない。
「あれか、おれたちが作ったのは」
身を乗り出して、テキスは下を眺める。
本物の花を使っている花車は、ルリアたちが作ったもの以外にはなかったためであろうか、ルリアたちのものが特別輝いてみえた。
「やっぱり本物の花は違うわ」
ルリアは満足げだ。
「でもさ、屋根つけちゃったから、中に乗っている人が、ここからじゃ見えないね」
残念とリクシュの顔も、うれしさで緩みっぱなしだ。クイントも何も言わないが、目が喜びで満ちているのが見て取れるほどだ。テキスはというと、隣のハートレイに自慢げにあれはどうとか、これはどうしたとか説明している。
「立派ですね。よく二日でできましたよ」
そうハートレイは褒めると、「ですが」と言葉を続けた。
「雨が降ったらどうするつもりだったんですか?」
本物の花では前日に飾りつけをしなければ、当日までもたない。だが、その「当日」である今日が晴れたからよかったものの、もし雨であったら、祭りは明日に延期される予定であった。そうなれば、昨日飾りつけた花は明日までその美しい姿を止めていられるとは限らない。
「あ――」
テキスはハートレイの鋭い指摘に言葉を詰まらせる。
「――考えてなかった」
「そんなことだと思いました」
やれやれとハートレイは笑うと、路上に目を移す。
「おや、女神様のご登場のようですよ」
いよいよスエレナの登場だ。パレードの列のちょうど真ん中あたりにスエレナの乗った花車はあった。花車は城で作ったものだ。これもまた、ルリアたちが村で作ったものには引けを取らないほど立派なものである。スエレナが来ている衣装が青であるため、花車もそれに合わせて、青や白といった系統の色で統一してあった。
花車に乗ったスエレナは、その上から人々に向かって香り袋をまいている。城の者たちで一ヵ月かけて準備したもので、ルリアももちろん手伝ったものであった。三センチくらいの小さな袋に、ポプリをいれたもので、小さなリボンで入り口をしめている。
「幸せの香りをおすそ分け」というちょっと洒落たことを思いついたのは、こういったお祭りが大好きな王妃であった。それ以前は単に花びらをまいていただけであったが、それではその場がきれいなだけで、何も後には残らない。花びらの準備に大量の花がこのために刈り取られ、そしてまかれて終ってしまう。そんなのでは、自然と共に生きることを選んだというリクウェアの方針にも反しているし、何よりも花々が可愛そうだ、と主張したらしい。
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