蒼穹への扉
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 朝陽が東の窓から差し込む頃、クイントは目を覚ました。体を起こして、ベッドのすぐ右側にある窓を開け放つ。それとともに心地よい風が入り込み、小鳥達のさえずりが一日の始まりを楽しげに告げるのが聞こえる。
 クイントは一度大きく伸びをすると、ベッドから立ちあがり、着替えを済ますと、軽い朝食を済ませた。
 今日の朝食は村人がくれたパンと、ミルク、そして甘酸っぱい木苺だ。
 クイントは最後一つの木苺をポイッと口の中に放りこむと、グイッとミルクを飲み干した。
 そして、いつものように小屋の裏側にある墓の前に行くと、そこでしばしたたずむ。
 自分はここにきて変わった――そういう思いがクイントの中で日増しに大きくなっていく。ルリアたちといると、今までのもやもやが消えていくのが分かった。
 始めてここに来た日。まだ春の陽気で人々が浮かれていたころ、自分はこの国に長旅を経て、ようやくたどり着いた。
 初めてこの国の人間と言葉を交わした。最初に口をきいたのはこの村の長老だったと記憶している。長老は満面に笑みを湛え、おれの肩に触れた。そして「ようこそ。これからはここがそなたの国じゃよ」そう言った。
 おれはその言葉を素直に受け取ることができなかった。おれは村人が用意してくれた全てのものを拒絶し、森へ入った。ひとりでも生きていける。そう考えた。
 何度か長老に呼び出され、村へ出向いた。その度に村人といさかいを起こした。何度目かのいい争いのあの日、おれは始めて二人と出会った。

 
「いい加減にしないか!」
「この国へ、この村へ来たからには、村の掟を最低限守ってもらわなければ困る!」
「おいっ、なんとかいったらどうだ!」
 村人たちが、おれを相手に怒鳴る。
 おれは何も言わずに側にある木に寄り掛かり、遠くを見ていた。
 もう、うんざりだ。おれはひとりでいい。おれはひとりでいたいんだ。なのに、この村の奴らはお節介にも毎日のようにおれの様子を見にくる。
 村の長老は先程からため息をつき、おれと村人の様子を見ていた。

 ――そして、あのお節介がやってきた。

 村人をかきわけて一人の少年が近寄ってきた。
 おれよりも二つ三つ年下だろう。茶色の髪に、深い青の瞳を持った少年だった。明らかにおれとは正反対の性格のように思われる優しげな瞳をしていた。
「君はこの国の現状を知っているから、ここにいるはずだ」
 少年はおれの前に立つと、そういった。
「だったら、どうだっていうんだ」
 おれはぶっきらぼうに言葉を吐き捨てた。

リクシュ 「この村では、多くの国から来た人々が一緒に住んでいるんだ。そんな中で、みんながみんな自分勝手なことをしていたらどうなるか分かるだろう」
「――」
「最小限の規律は――」
「断る」
 おれはそう言い放った。
  少年は少し笑って肩を竦めた。
「君は――」
「無理だよ、リクシュ。――これだからよそ者は…」
 そいつの言葉を遮って、村人が口にした言葉を、おれは聞き逃さなかった。
『余所者』――その言葉におれは強すぎるくらい反応した。
「なんだと…」
 おれの内側から怒りがこみ上げてくる。
「おれだって好きでこんなとこ来たんじゃない」
 怒りに任せておれは村人目掛けて、拳を振り下ろした。
「ひっっ!」
 村人は思わず座り込み、目を閉じる――

 パシッ

「!」
 おれの拳が村人の顔面に当たる直前、少年の手がその腕を掴んだ。
「だめだよ」
「――」
 あたりが水を打ったように静まりかえった。その中でそいつの凛とした声が静かに発せられる。
「暴力で、自分の意思を伝えようとするのは卑怯者のすることだ」
「――なに…」
 おれは再び怒りで頭の中が沸騰した。
 だが、そいつはそんな事は気にしない様子で、おれの腕を掴んでいた手を放した。
 おれはそんな少年の平然とした態度が気に入らなかった。ふと気づくと、おれは村人を殴ろうとした拳をそのまま少年に向けていた。
 少年は身を翻した。十分におれの拳をよけるだけの間はあった。が、そいつは決してその場から動こうとはしない。村人たちははっと息をのんだ。
 そして、拳が少年の顔を殴ろうとしたその瞬間――
「ルリアッ!」
 一人の少女が少年の前に飛び出してきたのだ。慌てて少年が少女を自分の前から退かそうとしたが間に合わない。

 ドカッ――。

 鈍い音がおれの耳に刻まれる。
 少女の小さな身体は近くにあった大木に命中した。
「ルリア!」
 少年がはっと我に返り、すぐさま少女の元へ駆け寄った。
 おれはただただ呆然として、そこから一歩も動けないでいた。
 少女は「大丈夫よ」というと、少し顔をしかめながらも自分の力で立ち上がり、そしてそんなおれの前へ歩み寄った。
「――気は済んだ?」
 その澄んだ瞳はおれの瞳をじっと見つめる。
 驚きの余り目を丸くしていたおれは、少女の言葉で我に返った。少女の殴られた頬は真っ赤にはれている。相当力を込めて殴ったはずだ。だのに、目の前の少女は涙一つこぼさない。それどころか、殴った自分に微笑んでさえいる。

 
 
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