蒼穹への扉
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「もう、心配したんですよ。お父上様が怒っていらっしゃいますわ。さあ早く着替えて、陛下のとこへ参りましょう」
「見逃して……ダメ…?」
「駄目です」
 はっきりとスエレナに言われてしまい、ルリアは観念して服を着替えおえるとスエレナと共にティタニア王の待っている広間へと入った。
 王はルリアが広間に入ってくるのを見届けるとホッとしたように椅子に腰掛けたが、ルリアが側に来るときりっと眉をつり上げた。
「ばかもん!」
「──」
 広間の中が静まり返った。
 ルリアは言葉を失い、その場に立ち尽くしてしまった。ルリアについて広間に入ってきていたスエレナも、いつもと違う王の様子に驚きを隠せぬ表情でいる。事実、王も自分のしたことにはっとなり、慌ててルリアの顔を伺った。
 ルリアの目にはらしくもなく、うっすらと涙が浮かんでいる。かろうじて踏ん張って涙がこぼれぬようにしているようであり、なにか言葉を出そうものならその涙はルリアの頬を伝っていくであろう。
 ルリアはただ下唇をかみしめ、黙ってうつむいていた。
 王妃ははらはらしながら、王とルリアをかわるがわる見ている。
 王の顔は血の気が引いたように青ざめていった。次の言葉をつむぎだすことができず、ルリアの顔をじっと、しまったという表情で見入っていた。
「──陛下…」
 気まずい雰囲気をどうにかしなくてはと、スエレナが言葉をつむぎだした。
「申し訳ありません。私がしっかりしておれば……」
「もう良い、さがれ」
 王はハッと我に返って静かにルリアに言い渡した。

 
 なぜあんな大声を出してしまったのだろうか。
(みろ、ルリアは涙を浮かべていたぞ)
 王は自分自身、なぜあのようにルリアに対して大声を出してしまったのか分からなかった。
 今まで一度だってそのような事はしなかったのに…。
 ルリアの顔を見たとたん、安心感と同時に怒りが沸き起こってきたのだった。
 なぜ自分のことをもっと考えない?村人を助けるためとはいえ、ルリアは時々自分が王女と言うことを忘れ、とんでもないことをしでかす。いや、それだけではない。なぜ自分たちに何も言わず城を勝手に抜け出す?なぜこそこそと出ていくのだ?村に行くのは構わない。私は今まで一度だって村へ行くな、とは言っていないではないか。なのになぜ一言も言わずにこそこそでてゆくのだ。一言でいいのだ。なぜ父親である私に一言いっていかない。──私は信用されていないのか?ルリアは私のことを親とは認めていないのだろうか?やはり私ではルリアの親をつとめることなど、無理なのか!
 王は日頃から積もっていた鬱積を、一気にルリアにぶつけてしまったのだ。その結果ルリアに悲しい顔をさせてしまった。
(ああ、私は何ということを……)
 王は激しく自分を責めたてた。
「陛下──ご自分を責めてはいけませんわ」
 王妃が王の苦悩に心を締めつけられている様子を見かねてそっと諭した。
「だが、私は──」
「ルリアも分かっていますわ。陛下の気持ちを……」
 王妃と王はテラスに出た。
 久しぶりに晴れ渡った空は今、真っ赤に染まっている。心地よい風の吹くなか、二人は椅子に腰掛けた。
 ここから見える景色はそれは素晴らしいものであった。当たり一面に広がっている緑の絨毯──。そんな中を城から続く一本の道は、緑の森を抜けた、ここから見ると黄土色に見える部分に続いている。この部分には大きな町があった。多くの商人が集まり賑わっているその町で、この国の多くの民は暮らしている。
 そして、町を越えた向こう側に、一際美しく太陽の光を反射させ輝く湖がある。そのほとりにぽつんとある小さな村。
 ルリアはよく黙って城を抜け出してはこの村へ行く。
ルリアはこの村で日が暮れるまで村人たちと楽しい時を過ごしていた。ときには村人に課せられている辛い仕事をも、自ら率先して手伝い、ときには共にお祭騒ぎを楽しみ…。ルリアはまるで村人であるかのようにこの村で時を過ごしていた。身分の差を感じさせなく、誰にでも分け隔てなく接するルリアは城内ではもちろんのこと村人たちにも愛されていた。
「──本当に素晴らしいこと…。この城から見る景色はどれも素晴らしいものですけれど、私はやはりここから見るこの景色が一番好きですわ」
 少女のように王妃は頬を赤く染めた。
「──陛下?」
「──…」
「今はお辛いかもしれませんけど、ルリアは神の子ですわ。私たちに神がお与え下さった聖なる御子です。だから、王の気持ちも今は分からなくとも、いつかはきっと分かってくれるはずです。そう、いつかは……」
「十七になれば──ルリアは去る」
 王の言葉は妃の胸を突いた。
「十七になればルリアは私たちの前から去っていく。私は今までルリアの親としていったいなにをしてやったのか。あと五年──。この五年の間にいったい何をしてやれば良いのだ。しかも当のルリアは何も知らない。無邪気に時を楽しんでいる。私がこうして心を痛めているのを知る由もない。そう思うと、私の心はルリアへの悲しみで、自分への怒りで──結局私は親として何もルリアにしてあげられないうちにルリアは去っていってしまう──」
 そのとき、彼女の胸には自分たちのことなど残ってはいない──。
 王はうめき声を上げ顔を両手で覆った。
 王の思いは、王妃の思いでもあった。
 王妃はそっと王の肩に手を置くとルリアの行く末を案じ、神に祈った。
(どうか、どうかルリアをお守りください………)

 
 
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