ルリアは小さな手を優しく握りしめた。
「――大丈夫よ…。もうすぐお母様に会えるわ…」
ルリアは微笑んでみせた。
「こんなところで…」
ルリアは再び力を振り絞って立ち上がる。
「こんなところで―─負けるわけにはいかない!」
炎に向かって叫ぶ。
その瞬間ルリアは身体の奥から全身に、不思議な力がみなぎってゆくのを感じた。全身の血がまるで逆流しているかのようである。
ルリアの身体は真っ青な光に包まれた。
(――この感覚は──何……)
そのころ炎の外では、ルリアのあとを追うようにして一人の少年が炎のなかに飛び込んでいった。
「ルリア─ッ!」
炎のなかで少年は叫んだ。だが、思うように前に進むことができない。炎が意地悪にも少年の行く手を阻む。
(邪魔だ…)
少年はきっと炎を見据えた。
炎のような真っ赤な瞳。今燃え盛っている炎よりも、激しく燃え盛る火龍の瞳だ──その鋭い目を開き炎を睨み付ける。
「――消えろ…、邪魔だ…」
少年の呟きとともに、不思議な赤い光が少年の身体から発せられた。そのとたん、奇怪にも炎が一瞬にして消えてしまった。少年の目の前から奥の部屋に続く、わずか数十センチの幅ではあったが、その部分だけものの見事に火が消えている。いままであんなに勢い良く暴れまわっていた炎が姿を消してしまったのだ。
しかし少年は別段驚く様子もなく、ルリアの姿を求めて奥の部屋へと足を踏み入れた。
「ルリアッ」
少年はそれよりも驚くべく光景を目の前にして、凍りついたように立ち止まった。
少年の目の前には、真っ青な光球のなかにルリアと幼い少年が横たわっていた。
突然現れた少年の声に、ルリアは苦しそうに身体を少し起こした。
「――クイント…」
ルリアはそう少年の名を呼ぶと、そのまま安心したのか静かに目を閉じてしまった。
そしてそれと同時に光球が弾け、ルリアと少年の身体はゆっくりと地に下りてきた。
クイントは駆け寄ると、ルリアを抱き起こした。
大丈夫だ。ただ安心して気を失っただけだと、クイントはほっと安堵の息を漏らした。
ルリアが次に目を開いたとき、すでに日は落ちかけていた。
「――…」
最初ルリアは自分がどうなったのか思い出せなかった。
炎のなかで…。
「!」
ルリアははっとなった。
そうだ!少年は
「気付かれたか…」
長老がまずルリアに声をかけた。
「姫ねえちゃん」
小さな少年がルリアに飛びつく。
「ありがとうございます。ルリア様…」
一人の女が泣きながらルリアの手をギュッと握りしめた。ルリアはその手を握り返すとにっこり微笑んでみせた。
「無事で何よりだったわ。それよりごめんなさい。かえって迷惑をかけてしまったみたい」
「そ、そんなことありません」
「おれは百年寿命が縮んだぞ」
女の言葉を遮ってテキスが言った。
「王女に何かあったら、おれがハートレイに殺される。無茶はよしてくれ」
言葉とは裏腹にほっとした顔をしているテキスにルリアは頭を下げた。
「ごめんなさい」
「ま、終わりよければすべてよし、ってことか」
「もう一人、礼を言っておいたほうが良さそうなものがおりますぞ」
長老が湖の方向を指さした。
長老はクイントが炎の中からルリアを背負い、小さな少年を抱え、出てきたことを話した。
ルリアはベッドから下りると、行ってきますと頭を下げた。
湖の辺の、いつものところにクイントはいた。ルリアはそうっと近寄ると、目を閉じたままひっくり返っているクイントの顔を覗き込んだ。
ルリアの気配を感じたクイントは目を開けると、ルリアを上目遣いに見た。
「ありがとう、クイント」
ルリアは煤で汚れたままのクイントの顔を見つめた。
クイントはルリアの視線にすっと目をそらすと、ぶすっとしたように言った。
「ったく、することが無茶苦茶だ」
ルリアは嬉しかった。自分の危険を省みず助けにきてくれたのがクイントだった。村人ではなくクイントだった。心を閉ざし、村に入ることを拒んでいたクイントだったことがルリアには何よりも嬉しかったのだった。
ルリアはそのとき、あの炎のなかで自分に起こった出来事など頭のなかからは消え去ってしまっていたのであった。
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