(ここから出なければ…)
先程の女の顔が浮かぶ。ここから自分は出なければならないのだ。なんとしてもこの幼い少年を母親の元へ返してあげたい…。しかし、この炎の前でそんな思いとは逆にルリアの足はすくんだままであった。
炎は怒り狂った竜のように、今まさにルリアと幼い命を呑み込もうとしていた。
(ああ…)
ルリアはギュッと少年を抱きしめた。少年は震えている。こんな幼い命をこんなところで失わせたくはない。――だが、どうしようもなかった。
いまやルリアの髪の毛はちりぢりに縮れ、濡らした服も乾きはじめていた。熱さのあまり頭がぼんやりしてくる。
ルリアの腕のなかにいる小さな少年は泣きつかれたのであろうか。いまは黙ってルリアのことをじっと見つめていた。だがその大きく見開かれた目は、生きようとする幼い者の意思で満たされているかのように思われた。
ルリアは少年の頭を優しく撫でた。
「大丈夫よ」
ルリアは自分を勇気づけるように呟いた。
だがルリアの行く道はない。目の前にも背後にも、ただ広がるものは炎の海…。もう、どこにも脱口はないのだ。
(この炎を抜けるしかないの!)
この幼い生命――、炎のなかで守らなければ…。
少年の息づかいが荒くなってきた。ルリアの息も乱れはじめてきていることに気がついた。
苦しい…
熱い…
自分が今、何をすればいいのか。それは一つ。この炎のなかに再び飛び込み脱出すること。だけど…。
炎の前でルリアの足はすくむ。
「リクシュ…」
ルリアは知らず知らずのうちにリクシュの名を呟いていた。
ルリアが困ったとき、悲しいとき、いつもそばにいてくれたリクシュ…。いつも手を差し延べてくれたリクシュ…。
(いまどこにいるの?どうして来てくれないの!)
ルリアはその場に座り込んでいた。火竜の熱さはルリアの気をすでに失せさせていた。頭に浮かぶのはリクシュへの救いを求める自分の声──。こんなこと、していてもどうしようもない――それは分かっていた。リクシュへ救いを求めたって、どうにもならないのだ。自分でこの場を乗り切らなくては…誰も助けてくれはしないのだ──。
炎は目前に迫っている。
「ひめ…ねえちゃ…」
小さな手がルリアの頬に触れた。
「ひめねえ…ちゃん…」
ルリアはハッとなった。いま現在の自分の行動一つで、何人もの人々が悲しむ羽目になり、その逆に何人もの人々に喜びをもたらすことができるのだ。
(あなただったら、どちらを選ぶ──?)
もう一人の自分が問いかける。
(そんなの――)
「決まっているじゃない」 |