蒼穹への扉
Novel
  message
 ・あらすじ
 ・目次
虹の彼方へ
さくら咲くころ
時のある場所
時のある場所2
失くした時代
わたるとり
こころのはざまで
恐怖の行方
墓守
かぞへうた
 Chara
  登場人物紹介
 Side
  座談会など
 Gallery
  らくがき&Flash
 Thanks
  いただきもの&差し上げたもの
 Diary
 BBS
 Link

 


 
BACK
 

 

ルリアが村へ着くと、すでにほとんどの家は炎に包まれていた。
 しかし、村人たちに呆然とその成り行きを見守っている暇はない。人々は湖から水をくみ出し、必に消火活動を行っていた。そして、それを手伝うようにと、城から派遣された兵士たちが大勢村人に混じっていた。
 ルリアはそれを見て少しホッとする。父の対応の早さに感謝した。
 そして、火傷を負った者、逃げるとき転んで怪我をした者はいるものの、周りから判断するに、ほとんどの村人たちは炎が回る前に無事に逃げだすことができたらしい、ということに対し、神にも感謝した。
「ぼうやーっ!」
 そのときルリアはそんな女の声に我に返った。
 一人の女が炎に包まれた家に向かって泣き叫んでいる。そして、その女を数人の男たちが押さえつけていた。
「もうだめだ!」
「あんたまで死んだらどうするんだ!」
 男たちは女を必死に説得している。しかし女は今にも炎のなかに向かっていきそうな勢いであった。
 ルリアは駆け寄ると、女の正面にまわってじっと女を見た。
「ルリア様…」
 男が悲しげに呻いた。
「この者の子どもが一人…」
 ルリアは泣き叫びつづける女の手を取るとぎゅっと握った。そして優しくこう言った。
「大丈夫…ぼうやは助かるわ」
「――…」
 ルリアはさっと立ち上がると、炎をきっと見据えた。
「ルリア…様?」
 近くにあった水を頭からかぶったルリアを見て、村人たちは焦った。
「な、なにをされる気です!」
「ルリア様!」
 村人たちが駆け寄ってくるのを見て、ルリアは炎に包まれた家に向かって走りだした。そして、炎の家の前で振り向くと、片手をあげて微笑んでみせたのだ。
(大丈夫…)
 村人たちはそんなルリアの言葉を聞いたような気がした。そして次に気がついたときには、ルリアの姿はすでに炎の中へと消えてしまっていた。
 ルリアは最後に、背後で自分の名を呼ぶテキスの声を聞いた気がした。

 炎のなかに入ったルリアは、というと振りかかってくる火の粉を振り払いながら家のなかを進んでいた。
 少し無茶なことをしたかな、と少し後悔をしたが、頭をふってそんな思いを否定した。そんなことはない。自分がしたことを後悔する必要なんて無いんだわと言い聞かせた。
 それにしてもなんと熱いことか。こんな経験は恐らくこれからの人生で二度と体験することはできないだろうと、妙なことが頭に浮かんだ。
 そんななかで、奥の部屋から微かに子どもの泣き声が聞こえてくることに気がついた。
(よかった――)
 奥の部屋に入ったルリアは、泣きすくんでいた幼い少年を抱き抱えるようにすると、もときた道を戻ろうとした。
 一刻の猶予も無かった。ぐずぐずしていれば、家は焼け崩れてしまうだろう。

 ガッシャ─ン

 そんな事を思った直後の出来事だった。
 激しい轟音とともに、柱が倒れてきた。

 ――帰途が断たれた。

 少年はその音に驚いて一層泣きじゃくる。ルリアは一瞬頭の中が真っ白になったが、直ぐに気を取り直した。  幼い手がルリアの手をぎゅっと掴んだ――。

(何とかして出るしかない)
 しかし、ルリアの四方八方からは炎が襲ってくるだけだ。
 外の出るにはこの炎のなかを進むしかない。ルリアは下唇をギュッとかんだ。
どうすればいい! ここからどうやって? ルリアは小さな少年を見た。
炎
(ここから出なければ…)
 先程の女の顔が浮かぶ。ここから自分は出なければならないのだ。なんとしてもこの幼い少年を母親の元へ返してあげたい…。しかし、この炎の前でそんな思いとは逆にルリアの足はすくんだままであった。
 炎は怒り狂った竜のように、今まさにルリアと幼い命を呑み込もうとしていた。
(ああ…)
 ルリアはギュッと少年を抱きしめた。少年は震えている。こんな幼い命をこんなところで失わせたくはない。――だが、どうしようもなかった。
 いまやルリアの髪の毛はちりぢりに縮れ、濡らした服も乾きはじめていた。熱さのあまり頭がぼんやりしてくる。
 ルリアの腕のなかにいる小さな少年は泣きつかれたのであろうか。いまは黙ってルリアのことをじっと見つめていた。だがその大きく見開かれた目は、生きようとする幼い者の意思で満たされているかのように思われた。
 ルリアは少年の頭を優しく撫でた。
「大丈夫よ」
 ルリアは自分を勇気づけるように呟いた。
 だがルリアの行く道はない。目の前にも背後にも、ただ広がるものは炎の海…。もう、どこにも脱口はないのだ。
(この炎を抜けるしかないの!)
 この幼い生命――、炎のなかで守らなければ…。
 少年の息づかいが荒くなってきた。ルリアの息も乱れはじめてきていることに気がついた。
 苦しい…
 熱い…
 自分が今、何をすればいいのか。それは一つ。この炎のなかに再び飛び込み脱出すること。だけど…。
 炎の前でルリアの足はすくむ。
「リクシュ…」
 ルリアは知らず知らずのうちにリクシュの名を呟いていた。
 ルリアが困ったとき、悲しいとき、いつもそばにいてくれたリクシュ…。いつも手を差し延べてくれたリクシュ…。
(いまどこにいるの?どうして来てくれないの!)
 ルリアはその場に座り込んでいた。火竜の熱さはルリアの気をすでに失せさせていた。頭に浮かぶのはリクシュへの救いを求める自分の声──。こんなこと、していてもどうしようもない――それは分かっていた。リクシュへ救いを求めたって、どうにもならないのだ。自分でこの場を乗り切らなくては…誰も助けてくれはしないのだ──。
 炎は目前に迫っている。
「ひめ…ねえちゃ…」
 小さな手がルリアの頬に触れた。
「ひめねえ…ちゃん…」
 ルリアはハッとなった。いま現在の自分の行動一つで、何人もの人々が悲しむ羽目になり、その逆に何人もの人々に喜びをもたらすことができるのだ。
(あなただったら、どちらを選ぶ──?)
 もう一人の自分が問いかける。
(そんなの――)
「決まっているじゃない」
 
BACK
 

▲このページのTOPへ