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「失礼します」
ドアがコンコンと叩かれ、一人の侍女がティ─ポットを運んできた。スエレナは立ち上がると、その侍女からそれを受け取り、一人分ずつカップに注いでいった。レモンのような爽やかな酸っぱい香りが湯気と共に部屋に広がる。
「紅茶?レモンティ─か?」
テキスがスエレナが注いだカップをソ─サ─に乗せて、一人分ずつ渡していく。
「いいえ、違うわ。ハ─ブなの」
スエレナは注ぎおえたポットの蓋をとってテキスに見せた。中には何枚もの小さく細長い葉が何枚も入っている。
「きれいなレモン色ね」
王妃はテキスから受け取ったカップをテーブルの上に置いた。
「いい香り。本当のレモンみたい」
「庭の一画で、ハ─ブを少し育ててみたんです」
「それの第一号?」
「おれたちは実験台か?」
テキスがおどけてみせた。「失礼ね、実験はすでに完了してるわ」スエレナはハートレイを見る。
「お前、実験台第一号?」
いただきます、とパンに手を伸ばしたハートレイは、しらっと言った。「二日ほど前に実験されました」そうして、パンを一口食べると、カップを口まで運ぶ。
「でも、いい香りですよ」
「味は?」
ルリアの問いに、ハートレイはルリアにカップをすすめる。
「自分で確認したほうが早いですよ」
王妃はそんな子供たちのやりとりを楽しそうに見ながら、食事をすすめる。
カップの中身を少し口に含んだルリアは少し複雑そうな顔をすると、スエレナに向かって言った。
「レモンの香りはするのに、レモンの味はしないのね」
「それはそうでしょう」
ハ─ブなんだからとハートレイは言った。
「なんか、不思議な味ね」
「香りはいい。最高だ」
テキスは味のことについては何も言わすに、香りのことをことさら強調して褒めた。
「そこまで言われると、暗に味のことを非難されているような気になってしまうわ」
「素直じゃねえなあ」
「テキスが香りのことばかり言うからですよ」
「おう、二人しておれを苛めるのかい?」
ひでえなあ、王女。王女はおれの味方だよなあ、とテキスはルリアに救いを求めた。ルリアはすでにパンを食べおえ、デザ─トのオレンジに手を伸ばしていた。そして、テキスをちらりと横目で見ると、さあ、とだけ答え、最後の一口をぱくんと口に放り込んだ。
「ああ、朝から王女の為に、ティアの親父をたたき起こしてまでクッキーを持ってきたおれに対して、なんて冷たい仕打ちなんだ」
大げさに嘆くテキスに、さらに追い打ちをかけるようにルリアは一言言った。
「何を言ってるの。遅れてきた分、クッキーで帳消しにしてあげたこの寛大なわたしに対してなんて恩知らずな仕打ち」
これにはテキスは「参った」と両手をあげて降参した。
ふと、時計が十時を告げた。ルリアは時計の方を見やった。
その時だった。廊下が慌ただしくなっているのにルリアは気づいた。ハートレイもそれに気づき「失礼」といって席を立つ。
「どうした?」
「いえ、なんだか騒がしくないですか」
ハートレイを言葉と同時に、侍女が飛び込んできた。侍女は目の前に立っているハートレイを見て、息を整える間もなく言葉を発した。
「大変でございます。火事です!」
「火事?」
「村が、火事なんです」
「む、ら…?」
侍女の言葉に、真先に反応したのはルリアだった。ガタンと立ち上がると、身を翻し窓辺へ行き、乱暴に窓を開け放った。
「!」
ルリアの顔から血の気が失せた。
火事だ。たしかに見える。確かに村の辺りが明るい。鮮やかな赤い炎が、青空を真っ赤に染め、黒い煙がもうもうと大空に向け立ちのぼっている。
ルリアは頭のなかが真っ白になった。そして、考えるより先に身体が動いてしまっていた。
「ルリアッ!」
兄の言葉など耳に入らない。そのまま部屋を飛び出すと外に走り出た。
その時、自分が何を考えていたのかなど、忘れてしまったほど、ルリアは焦っていた。
馬を引いていた者から馬を奪い取るようにすると、さっと馬上に飛び乗る。
回りにいた者たちは、突然現れたルリアの行為に驚きのあまりしばしのあいだ呆然としていたが、ことに重大さに気づき、直に慌てだした。
「ルリア様!行けませんっ。どこへ行くのです!」
「ルリア様!」
しかし、今のルリアの耳にはそんな者たちの言葉はもはや入らなかった。
早く行かなければ。早く行って村人たちを助けなければ!ルリアの頭は村人たちのことで一杯だった。
そんなルリアを、止めることができるはずはなかった。
「どいてっ!」
ルリアは、必死に自分を馬から下ろそうとする者たちを蹴散らし、馬を村に向かって走らせた。
「大丈夫だ、王女はおれに任せろ」
ルリアの後を追ってきたテキスが、馬を借りると、さっと飛び乗り、ルリアに続いて城の門を駆け出していった。 |