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「ルリア、そっちの花をとって下さい」
兄ハートレイの言葉に、ルリアは自分の斜め後ろに置いてあった黄色い紙でこしらえた花を「はい」と手渡した。
今朝からは今でとは打って変わって、ルリアは兄と共に花車の制作に追われていた。何しろ、聖碧まつりまであと何日、といっていられる段階ではなくなり、いよいよまつりが3日後に迫っているのだ。スエレナも本来ならばここにいるはずなのであるが、衣装合わせで王妃が何箇所か直したい部分があるといって、今日もスエレナを拉致している。
「遅いですね」
ハートレイが時計を見上げる。テキスがまだ来ないのだ。と、いっても時計の針はまだ八時半を回ったところだった。
ルリアは鳴るお腹をおさえ、兄の顔をちらりとみやる。ハートレイはルリアの視線に気づき、笑いを浮かべて言った。
「先に食べましょうか」
ルリアは少し考えてから「あと、十五分待ってもいいわ」と言うと、手に持っていた緑の葉をぺたりと張りつける。「このお礼はきっちりとしてもらうから」ルリアはにっこりと笑った。
「これ以上、王女に借りはつくりたくねえな。後が怖い」 ドアを開けて剣士が入ってきた。剣士は左手に持っていた小さな袋をルリアに投げて寄越した。ルリアは不思議そうにその袋を開けると、中にはナプキンに包まれ可愛らしい赤と青のリボンで口を縛られたものが入っていた。ルリアはそのリボンを見て破顔させ、嬉しそうに叫んだ。
「わあ、ティアのクッキーね?」
「そういうこと」
『ティア』──町にあるお菓子屋さんであり、そこのお菓子は絶品で、女の子には人気のある店の一つであった。特にここのクッキーは有名で、日に五十の限定で売り出されており、そのことが更に少女たちを刺激していた。ルリア自身も買いにいったらすでに売り切れていたことが何度もあった。朝の十時開店にはもう行列が出来ているほどの人気ぶりであるのだ。
「でも──」とルリアは考え込んだ。
テキスが持ってきてくれたクッキーは焼き立てと見えて、まだ温かい。でもこんな朝早くに店は開いていない。
「ああ、それね」
テキスがルリアの疑問としているところを鋭く見抜き、悪戯っぽそうに片目をつぶってみせた。
「店の親父を脅して売りモンもらってきた」
「悪い人ね。これで今日は四十九しかクッキーがなくなるわ。自分も手に入れられると思う五十人目の人、気の毒ね」
「そう言っている割りには随分と嬉しそうですね」
「当たり前よ。ティアのクッキーなんて何ヵ月ぶりかしら」 ルリアのはしゃぎように、テキスは満足げに頷いた。
「これで、借りにならずにすんだかな」
ルリアはクッキーを部屋の隅に移動させられていたテーブルの上に置くと、ベルをならして侍女を呼び、「朝食を」と頼んだ。「三人分ね」
テキスは腰の剣を外すと入り口近くの棚の上に置き、ハートレイの隣に腰を下ろした。
「すまねえな。遅くなって」
「いつものことですから」とハートレイは友人に向かって笑う。
「今日も寝坊ですか?」
「ま、そうだな」
おれんとこの侍女はここほど気がきかねえんだ、とテキスはぼやいた。
「おやおや、私がカシミーナから聞いたこととは違いますね」
「カシミーナがなんか言ったのか?」
「ええ。『テキス様は一端眠られると地震があっても起きません。朝は大変なんです。お起こししても、起きてくださいませんから』ってね」
余計なことを、とテキスは苦笑いする。
コンコンと、戸を叩き侍女が食事の用意ができましたと、告げた。
ルリアたち三人は作業を中断すると、腰をあげ、朝食が用意された隣の部屋に入っていった。中ではすでに王妃とスエレナが座って待っていた。
「おはようございます。遅くなって申し訳ありません」
テキスの改まった言葉に王妃は明るい笑い声をたてた。
「いつものことですから。慣れてしまいましたわ」
「王子と同様にお手厳しいことで」
くくくとルリアが笑いをこらえているのをみて、テキスは頭をポンと軽く叩いた。
王家のものと同席の食事といっても、テキスやスエレナは慣れたもので、堅苦しい雰囲気ではない。幼いころから家族同然につきあってきたせいでもあるだろう。それほど、テキスもスエレナも彼らとは打ち解けていた。
「父上は?」
王の姿がないのに気づき、ハートレイが王妃に尋ねた。
「陛下なら先に召し上がりましたわ。今は大臣たちと打ち合わせをしています」
「打ち合わせ?」
ルリアは不思議そうな顔をして隣の兄を見上げる。ハートレイはルリアの視線に気づくと、ああ、と頷いた。
「ルリアには関係ありませんよ。全く」
最後の「全く」に力を込める。ルリアはそれに少々むっとし、反論する。
「じゃあ、兄様には関係あるの」
「微妙な所ですね。はっきり言ってしまえばテキスが大喜びするようなことです」
「なに?」
自分の名前が出てきたところで、テキスはハートレイのほうに向き直った。
「オレにどう関係があるんだ?」
「それは──」
「分かった!」
う─んと考え込んでいたルリアは不意に叫んだ。「分かったわ」ルリアはそう繰り返しテキスの顔をしみじみと眺める。
「なんだよ、王女」
ふふふと笑うルリアに、スエレナも何を言いたいのか分かりくすくすとしだした。
「去年のように飲み過ぎはいけませんよ、テキス」
王妃の軽やかな笑いに、テキスは全てを理解し一同を見回す。
「そんなに酷かったか?」
「ええ。大変だったですよ」
ハートレイが目の前に座っているスエレナに相槌を求める。スエレナはそれに大きく首を縦に振ると、ため息をついた。
「今年はもう嫌よ。あなたの面倒を見ているだけで、私たちのお祭りが終わってしまうなんて」
スエレナは去年のことを思い出して言う。ルリアは直接その場に居たわけではないので後でスエレナや兄から聞いたことであるが、去年の聖碧まつりの日、町で振る舞われていたワインを飲みすぎたテキスが、悪酔いして大変だったそうである。大声でわめいたと思ったら、し─んと静かになり、かと思ったら周りの人にところ構わず声をかけ、そうかと思ったらその場に座り込んでしまい──。ハートレイはその夜、テキスを家まで送り届けて帰ってくると、そこではっとしてルリアにこう言ったのだ。「テキスのおかげで、私はすっかり御馳走を食べるのを忘れてしまいましたよ」
その後、皆はテキスがお酒を飲むというと、慌てて止めるのだ。テキスはというと、去年のまつりでそのようなことをしてしまったことを恥じることもなく、ただ、それ以来、お酒を好きなだけ飲ませてもらえなくなり、少々面白くなかった。
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