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そこは闇だった。
光はもちろんのこと、音もない。
深い深い闇の世界だった。
先に進もうにも、リクシュにはその「先」がどちらなのかまったく検討がつかなかった。だが、何かに導かれるように一歩一歩足を前に進める。
リクシュはトュティノに止めを刺されそうになったとき、一瞬だがこのほしを守る、ルリアを守っていくという使命を放棄しようとした。
もう自分には守れないと諦め、心のなかでルリアに詫びたのだ。
――結果、ルリアはリクシュをかばって傷ついた。
ルリアとしては本当のことを言えば、ただ二人の戦いを止めさせたくて反射的に飛び出したまでのことだったのかもしれない。
けれど、自分のためにルリアは傷ついてしまったのだ。本来ならば自分がルリアを守らなければならぬのに。そう誓っていたのに。
反対にルリアに命を救われ、あげくの果てにルリアは傷ついてしまった。
自分の身代わりとなって!!
そしてまた、そうまでしてルリアが自分たちに伝えた言葉。
――戦って何が残るの?――
リクシュはもちろんリエルたちもルリアの言葉を聞くまで、ただ戦いトュティノとエビドュを再び封印し、このほしを守らなければ…、そのためには彼らに勝たなければ…
そんな思いでいっぱいだった。
それしか方法が無いんだ!
そう頭から決めつけていた。
しかしルリアの言葉で心のなかの何かが弾けた。
結局戦って何が残るというのだ。戦いに勝って何になるというのだ。
結局自分たちは人間が今まで作ってきた、血で染まった歴史を繰り返そうとしていただけではないか!
リクシュの心は、自分を責める気持ちで一杯だった。
自分が今までほしを救うためだと思ってやってきたことは、すべてを滅ぼすための行為にほかならなかったのだ……。
争いは悲しみを生み、その悲しみはまた新しい争いを生む。
とまらない連鎖。
それに気づくことができなかった…。
自分はこのほしの「こころ」でありながらそれに気づかなかったのだ…。
人間の虚しく悲しい歴史を自分は長い間見守りながら、人間は何と愚かなことを繰り返すのだろう…、といつも思っていた。
しかし自分も気づかぬうちに、人間と同じことをしていたのだった。
力で力を制しても何も解決はしない。
自分たちは大切なことを忘れてしまっていた。
最も自分たちが疎み、憎んできたもの――力による支配は何も生みはしない。それを自分たちは――
リクシュの内に、決意の炎が灯される。
もう力をもって戦うことはしない。これ以上誰も傷つけたくない。これ以上誰も傷つけさせはしない――
リクシュは笛をぎゅっと握り締める。
(ありがとう、ルリア――)
自分を守ってくれたルリアにあらためて誓った。
自分は力によってではなく、心をもってエビドュの心に訴えかけると…。
自分は力によってエビドュを封じることはせずに、このほしを救ってみせると…。 顔を上げたリクシュの視線の先に、ほのかな光が見えた。
光は頼りなげにゆらりゆらりと、ろうそくの炎のように揺れている。今にも消えてしまいそうな、その光に向かって、リクシュは足を進めた。
あそこにリビドュがいる――。
直感がした。
歩みを進めるにつれ、それは確信へと変わっていった。だが、どんなに歩いても光は近づかない。
リクシュは立ち止まり、笛に唇にあて、そって息を吹き込んだ。
闇の世界に、リクシュの心の旋律が流れた。
高く、低く。
音色は優しくすべてを包み込むかのように、闇の中に流れる。
光が――近づく。
リクシュは光の中へと足を踏み入れた。
光の中には一人の男がいた。
長く美しい黄金の髪。
トュティノの髪が月を思わせるのであれば、こちらの髪は太陽を思わせた。
「エビドュ……」
リクシュは笛を口から離すと、静かに彼の名を呼んだ。
だが、彼はこちらを向こうとはしなかった。
少しのためらいの後、リクシュはエビドュに近づいていった。
そうして、彼の顔をはっきりと見ることができる位置まで来たとき、はっと息を呑んだ。
彼は――涙を流していた。
幾筋もの涙を。
ぬぐうこともせずに。
「どうして……おまえたちは……そこまで人に尽くす……」
どうして――。
振り向いたエビドュの背後が、水面のようにゆらりと揺れた。そうして、映し出されたのは、人間の歴史。
お互いを傷つけあい、憎みあい、殺し合い――そんな「ひと」の歴史。
「『ひと』は己のことしか考えぬ。守る価値など…あろうはずもない…そうではないのか?」
咄嗟には返事が出てこなかった。
――どうして人は争うのかしら……――
遠い遠い昔。
ルリアが人の世界を見て、ぽつりとこぼした言葉。
――どうしてかしら……――
彼女は何度も繰り返した。
人が血を流すたびに。同じ歴史を繰り返すたびに。
それでも、彼女はじっと「ひと」を見守り続けた。
――どうしてかしら……――
その言葉を繰り返しながらも、彼女は「ひと」を見捨てることができず……。かすかなため息とともにこぼす。
だが、彼女の「ひと」に向ける眼差しはいつでも母の如く優しい。
それはなぜなのだろうか……。
一度だけ彼女に問うたことがあった。
一寸、彼女は目を大きく見開き、次いで春のたんぽぽのような笑顔を向けた。
そうして彼女は言ったのだ。
――リクシュ、私はね……――
リクシュは顔を上げる。
エビドュの憂い顔を正面から見つめ、ゆっくりと口を開いた。
――私はね、『ひと』を……――
「ぼくは『ひと』を……」
――信じているから――
「信じているから」
過去にルリアが言った言葉と、リクシュの言葉が重なる。
「信じて…いる……? あの愚かな『ひと』をか?」
エビドュはゆらりと揺れる水鏡を指差す。
「あのように、己のことしか頭になく、己のためだけに他人を傷つける『ひと』をか?」
強い彼の言葉に、水鏡がぱしゃんと音を立ててひとつ割れた。
「『ひと』はこのままほうっておけば、このほしを滅ぼす。己の手が汚れていることも気づかず、あやつらは……」
ぐぅ、とエビドュは胸をかきむしる。
苦しい、苦しい、と彼の心の声が聞こえてくるかのようだ。
リクシュは一歩エビドュに近づく。そうして、先ほど壊れた水鏡のそばにいくと、そっと手をかざした。すると、彼のてのひらが淡い光を放ち、再びそこには水鏡が現れる。
リクシュが生み出した水鏡には、エビドュが生み出したものとは異なる光景が映し出されていた。
リクウェアで彼が出会った人々だ。
彼らは解放された城の中で、傷ついた兵士たちを手当てしていた。ほんのつい先ほどまでは敵として戦っていた者たちだった。
「――彼らはそれほど愚かじゃない」
力をあわせて街の修復に取り掛かる人々。
荒れた大地を耕し、花の種を蒔く少女。
愛しい、とルリアが言った人たち――。
力強く未来へ向かって歩みだした彼らの姿を、リクシュは穏やかな瞳で見つめる。
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