蒼穹への扉
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 図面を見ただけではそこに通路があるとはわからない。ルリアが知っている通路とは異なり、図面にも決して記されない通路。これならば、トュティノたちに悟られる危険性もずっと減るはずだとテキスは言った。
 だが、リクシュは首を横に振った。
「――いや、おそらくその通路で行っても、僕たちが動き出した時点である程度トュティノにはわかってしまうと思うよ」
 え、とテキスは絶句した。トゥティノに知られてしまったら、今回のことはうまくいくはずがない。すべては悟られる前に行わなければならないのだ。
「おそらく彼らは僕たちがリクウェアに来たこと自体、すでに気づいている」
「だなー。全員で来ちまってるしなあ」
「おいおい……」
 それではどうしようもないではないか。
 さすがのテキスも少しばかり焦った。相手に知られてしまっているのでは、この計画はうまくいくはずはない。
 中止すべきか、と考え、テキスは自分の考えに否、と首を振った。
 今からでは遅すぎる。総勢500名。ひとところに集まってはいない。それぞれが散らばり、ここのような地下に築いた隠れ家にいる。
 外部との連絡は危険と隣り合わせ。今回の計画を立てるのも、かなり苦労したのだ。明日決行、となった今、中止の連絡を国中に散らばる仲間たちに伝えるのはできない。
 ふむ、とテキスは考え込んだ。
 ここはどうやればうまくいくか、中心にいる自分たちがどうすればいいか考えるしかないようだ。
 そんなテキスを見て、リクシュは腰の布袋から出した小さな石をコトンと7つ置いた。5つは隠し通路に、1つは正門に、そして残り1つはルリアが普段使っていた地下通路に。
 そうして、強くテキスに言った。
「だからこそ、今行動を起こす必要があるんです」
「だが……」
「彼らは僕らが何かしらしかけてくると思っている。だからこそ、今動くことが大切なんです」
 なぜ、とテキスは問うた。彼にはリクシュが言うことが理解できなかった。敵にこちらの行動が知られている以上、動くのは非常に危険なことだ。だが、もう引き返すことはできない。だったら、どのようにすればうまくいくのか、どうしたら被害を最小限にとどめることができるかを考える必要があるのではないだろうか。
 いや、そうする責任が自分にはあるとテキスは考える。500もの命が自分の手に握られているのだ。軽はずみなことは決してできない。
「――リクシュ……。正直に言ったらどうだい。この方にごまかしは無理だよ」
 リクシュはリエルの言葉に、ハッと顔を上げた。そうして何でもお見通しなのだと、苦笑した。
「正直に言います。『人間』はあなたたちに任せたいんです。僕たちがトュティノたちのもとに行くために」
「――俺たちに盾になれ、ということか?」
 鋭い瞳でテキスはリクシュを正面から捕らえた。だが、リクシュは彼から目をそらすことはせずに、その視線を真っ向から受けた。
「ほんのわずかの時間でいいんです。僕たちが城内に入り込み、『ひと』が気づかぬうちに……すべてをやりおえるだけの時間を」
「――それはどれくらいかかる?」
「半時もあれば十分です」
「それですべての決着がつくのか?」
「――つけます」
 「つくのか」と訊ねたテキスに、リクシュは「つきます」ではなく「つけます」と答えた。
 己の強い意志を以って、必ずすべての決着をつける、と。それだけの自信がどこからわいてくるのかは、皆目見当がつかなかった。だが、リクシュの強い決意が現れた瞳に、テキスは思わず「わかった」とうなずいていた。
 きっとこの少年なら大丈夫だろう。
 なぜか、そんな気持ちにさせられた。
 この国に異変が起こる前から、ずっとリクウェアを見続けていた彼。王女の影となり、彼女に気づかれぬよう、ずっと守ってきた。彼女に危険が近づかぬように。
 同じくずっと王女を見守ってきたテキスだからこそ、わかることだ。
 あの年齢の少年なら、ふつうは発することなどないであろう言葉をつむぎ、そして彼は実行する。
 ――彼はいったい何者なのか。
 テキスとて思わなかったわけではない。
 そして、今も思わぬわけではない。クイントから聞いた話はあまりにも理解不能なものだった。おそらくクイントは真実をすべて話していない。ところどころ言いよどむ箇所もあったが、彼ができる限り許される部分は、打ち明けようとしてくれていることはわかった。
 いくつかの質問の後、テキスがようやくわかったことといえば
、彼らがどうやらトュティノたちを知っているということ、そして彼を止めることができるのはリクシュたちだけだということだ。
 テキスはフッと息をつくと、顔を城のほうに向けた。地の下にあるここからは見えない城にきっといるであろう親友のことを思い浮かべる。
(――やるからにゃ、最善を尽くさねえとな)
 じゃないと、再び会ったとき、何を言われるかわかったものじゃない。
 テキスはリクシュが置いた石のうち、正門に置いたものを拾い上げた。
「こいつを本陣だと思わせるためにすることは?」
 リクシュは隠し通路に置いた5つの石を1つずつ指し示した。
「こちらが『おとり』と思わせます。まずは3つの陣が同時に攻め込むようにしてください。騒ぎを聞きつけた兵士たちが3つの陣に集まってきたところで、残りの2つが動いてください」
「その後は?」
「みなの意識が隠し通路に行ったところで、正門からせめて込んでください。行き先は――」
「地下の隠し部屋、か」
 リクシュはうなずいた。
 城の一角にある隠し部屋。王妃と王が閉じ込められている場所。無事ならばおそらく王たちはまだそこにいる可能性が極めて高い。そして、王たちがそこにいるということは、王子やスエレナもまた、その付近に閉じ込められていると考えられる。
 王はリクウェアの民たちの希望だ。セヌエフたちを追い払ったところで、王が戻らなければ、民たちは深い絶望に襲われる。
 このことは、城にいる兵士たちもわかっていることだろう。だから、兵士たちはきっとテキスたちの行く手を阻もうとやってくるにちがいない。
 けれど、なんとしても王たちはテキスたちの手により助け出されなければならないのだ。リクシュたちの手によってではなく、「ひと」の手によって……。
 そうか、とテキスはリクシュの真意を悟った。
「自分たちの決着は自分たちでつけなくちゃいけないからな…」
 リクシュは「ひとに気づかれぬうちに」と言った。だが、それはあくまでもトュティノたちのことだ。
 あえてリクシュが「ひと」である自分たちを巻き込もうとしているのは、「ひと」同士が起こした争いの決着をつける機会を作るためなのだろう。
「すまねえな」
 リクシュも笑みを返す。
 自分たちが知らぬうちにすべてが片付いていたら…。それはそれで「ひと」は受け入れるだろう。だが、それでは何の解決にもならない。今後、また同じようなことが起こったとき、彼らは自分たちで乗り越えることができなくなってしまう。
 今回のことは、確かに「ひと」でないものたちの力が大きく関与していた。だが、その発端となったのは「ひと」。そして、またトュティノたちの力を大きくしたのも「ひと」。――リクウェアを支配するのに力を貸したのも「ひと」――。
 だからこそ、彼らには自分たちでこのできごとに決着をつけてもらわなくてはいけない。
 本音を言えば、流入者も多数含まれているとはいえ、もともとはリクウェアの民。傷つけあいたくなどなかった。避けられるのであれば、避けたい。しかし、このままでいいはずはないのだ。
「あんたって、あまいのな」
 レイドの指摘にテキスは苦笑した。
「迷っていると、やられるだけだぜ?」
「かもな。だがな、国と建て直す時に、大切なことは何か分かるか?」
 突然の質問に、考えることの苦手なレイドはうっ、となった。
「国と建て直す時に、いくら土地と王がいても、民が居なければ何もならない。特にこのリクウェア国は王の国ではない。民の国だ」
 テキスはリクシュの肩をぽんとたたく。
「トュティノたちのほうは頼んだぜ」
「――ぼくたちはそのために来たから」
「すまねえな」
「いや、ぼくたちはこの国が好きだから」
 リクシュはテキスに笑顔で応える。
「――王女」
 テキスは今度はルリアの方に向き直った。
「王子たちは俺たちが必ず救い出す」
 深く深くルリアは頷いた。

 ――そうして、満月が南の空高くで柔らかい光を注ぐ夜。彼らは一斉に動き出した。
 リクウェアを守る…ために……。

 

 
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